正しい者が勝たねば為らない

先日、中学生の野球の試合を見たのですが、悲しいことに必ず、試合には勝ちと負けがある。
どちらも懸命に練習してきたチームなのだが、試合は「勝てば官軍」な要素があり、負ければ何かが足りなかったのではないか?という反省になるものです。


その勝ちと負けはどのような理由で決まるのであろうか?といえば、選手の質、練習量、監督の熱意等、いろんな要素が考えられると思われますが、
相手よりも明らかに懸命に練習していても負けることもあります。
理不尽な審判の判定に泣くこともあります。
努力の甲斐なく予期せぬ不運に泣くこともあります。




今回のBLOGは負けた者達と自分へ贈る。




私が昔に少年野球に携わっていたのですが、いつも脳裏を掠めていたのは、
私が学生時代に部活の先生に言われた言葉であります。


正しい者は勝たねばならない。
だから君たちは一生懸命練習しなさい。
だから君たちは礼儀正しくしなさい。
そして勝たねばならないです。
なぜなら、正しい者が勝ったと言われるように、
一生懸命に練習した君たちは勝たなければならないのです。



実際、この言葉の重みが判ってきたのは、少年野球を通じ、数多くの勝ち負けを経験してからである。
「正しい者が勝つ」のか「強い者が勝つ」のかが重要なのではなく、
「正しい者が勝たねば為らない」のであります。

そして、私達の存在と心が、その言葉を信じ、十分に強くなったときに、「正しい者が勝つ」ことが実現すると思うのあります。

世の中を見てると、「正しい者」が勝つのではなくて「強い者」が勝つようにも思われる。
強い者が勝つ。勝った者は正しいようにも思われることがあります。
ロマンロランが言うような、本当に「正義とは正しい者が勝つこと」は絵に描いた餅ではないか?などと、私達は、ふと迷う心が生まれる。

しかし、それは違うのである。
大事な事は、 「正しい者が勝つ」のか「強い者が勝つ」のかが重要なのではなく、「正しい者が勝たねば為らない」ということであり、「正しい者は勝つ」と信念を持ち、この信念に立って、懸命に信ずるところを敢然と最後まで果たさねばならないということなのです。

だから負けた者達よ。決して挫けるなかれ。腐るなかれ。
「努力が足りないから負けた」というレベルで止まるなかれ。
「正しい者が勝たねばならない」というレベルまで意識を上げるのだ。
なぜなら人一倍努力した君達は勝たねばならないのであるから。



などと、少年野球を観戦して、久しぶりに熱き心を思い出した次第なので忘れぬ前にBLOGをして記憶の片隅に留めておこうと思う。

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この記事へのコメント

2007年04月21日 00:27
こんばんは。
今回の文章は
いつもの冷静沈着なエイジさんと違って熱いですね。
勝負に勝つコツというのを聞いた事があります。
それは、”勝つまで止めないこと”です。
信念を持って物事に執着すれば、
人によって形は違いますが、
何らかの結果は見えてくると思います。
僕もまだまだ努力を続けなければなりません。
未来のために・・・。
2007年04月21日 09:37
「正しい者が勝たねばならない」という言葉に、感銘をうけます。
とかく「勝ったものが正しい」とすることで、事を理屈づけることが多く、またその方が簡単なんでしょうが、そんな他人から示される風見鶏のような正義観ではなく、己を信じてどこまでも正しくあろうとする姿勢が尊いと思うのです。
ですから、その言葉は心に響きます。
2007年04月21日 10:43
正しい者には勝って欲しいですよね~。
そして自分自身に勝つ・・・
コレが難しい・・・
何が正しくて何が間違っているか・・・あいまいになりつつある今日この頃…子供達は大変だと育てていて実感しています。
ばぁ
2007年04月21日 15:14
ハイッ!!(*`д´)ゞ
肝に銘じて 日々頑張らんなぁやね!
ほんまに そぉありたいし そぉあるべきですもんね(´ー`*)
どーまる
2007年04月21日 23:29
♪いつもこの世は~  正しい者が勝つ~ぞ

というアニメ「紅三四郎」のテーマが脳内に
流れています。どう考えてもこいつは「悪者」
だっていうのが偉そうに台頭してきている
いまだから、管理人さまの言葉はより下腹に響いて
きますです。

久しぶりに正しい者の勝利を高らかに
謳い上げた「南総里見八犬伝」と「モンテ
クリスト伯」が読みたくなってきました。
2007年04月22日 10:46
私がよく考えるのは、「売れる演歌歌手」と「売れない演歌歌手」の話なんですが、歌もうまくてルックスのまぁまぁなんだけど、売れない歌手が多いのです。
五木ひろしのように、売れない時期から売れるようになった歌手は、実際には特殊なんですよね。
やはり「勝つまで止めないこと」は確かに真理ですが、どうもそれだけではない。
そこで細川たかしの話なんですが、若いころに、周りを見ても自分ほど歌がうまい者もいないし、自分ほどルックスのいいものもいない。したがって細川の出した結論は、「自分が売れない訳がない」という確信だったそうです。
売れない演歌歌手の人は大体こういいます。
「血のにじむ努力をしてやっと売れるのが演歌の世界」とか
「あの人に比べたら私はぜんぜん劣ってます。」という話なんです。
この違い、運を引き寄せる力の差だと思うのです>しまじろうさん
2007年04月22日 10:57
世間を見てると、だんだん懐疑的になってきて、「正しい者が勝つのが理想だけど、強いものが勝つ場合もある」というような卑小な思いに囚われてしまうのです。
しかし、結果論の評論では世界は動かない。
勝ちと負けの壁は実際はすごく高いのであります。
単純な勝負の世界でよく「貴様たちは気持ちで負けた」という場合、やはり「勝ちたい」という思いではなく「勝たねばならぬ」「われ等が勝つのが正義である」という集中力を高めた意識の高揚が必要なのであり、その意識の高揚こそが勝ち負けの壁を越える唯一の方法なのでありましょう>かなさん
2007年04月22日 11:08
子供達には、ぜひスポーツをやらせて欲しいと思います。
バーチャルな理論では人間力が出ません。
勉強でも「要領のよいものが合格」するのか「努力したものが合格」するのかを論じるのではなく、「努力したものが合格せねばならぬのだ」という思いを実感させるにはスポーツが一番だと思います>サンタママさん

ばぁさんのよく言われるところの「心優しい者が多くなれば良いのに」という思いと同じなんですけど、それを一歩進めて
「心優しき者は強くなければならぬ」という教育を子供さんにするのも彼らの人生を成功に導くにはきわめて重要だと思われます>ばぁさん
2007年04月22日 11:14
♪いつもこの世は~  正しい者が勝つ~ぞ
という気概を捨てず、決して「いつもこの世は、勝ったものが正しいのだ」という迷いに落ちない三四郎こそ、手本にすべきですが
一番幸せなのは、その世界に住める三四郎自身ですよ。

まさしく、この思いこそ「虚心坦懐」で「いつも天晴れの青空」ですので
心も強いと思われます。
私もこの思いを、忘れないように生活したいと思うのであります。>どーまる様
2007年04月23日 00:00
昨日、テレビで萩本きんちゃんが、“運”で道を切り開いた話をしてました。運は恋愛みたいに追いかけると逃げていくものなのだそうです。
でも、努力した分だけ、神様は見ていてくれるんだと。
運がすべてを左右しているけれど、すべてバランスです。
物も考えようです。運が悪かったら、それは開花していない運がたまっているだけだと考えればいいのでは?
私もそういうきんちゃんの考え方に賛成!
だから、結局正しいものは勝つ!!のですよ。
2007年04月23日 21:31
うちの息子へ・・・
英単語を覚えなければ英作文は解けない。
勉強もせずに成績は上がらない。
あ~あ、このコメント見るかなあ~?
KISHIKO
2007年04月25日 12:49
なんだか、今回は、エイジ様の文面から、いつもと違う
「慟哭」のような、激しいものを感じてしまいました。
…何かあったのでしょうか?
…それとも、お忙しくて、疲労がピークに達しているのでは?
と勘繰ってしまいました。

日常の不条理を、流す事が出来なくなっているのでは…
というのは、考え過ぎでしょうか。
2007年04月25日 17:53
面白いですね。
そうなんですね。
運が良い者と強い者が戦えば、必ず運が良いものが勝ちます。
たとえば、モンゴル軍に攻め込まれなかったヨーロッパとモンゴル軍に侵略されなかった日本もそうです。
あと、織田信長が四方八方を強い武将に囲まれながらも天下を取れたのも
信長が運が良かったからです。
すなわち、正しい者という表現とは違いますが、「時代が求める者」は運が良い者であり、正しい者であるということも言えるのです>NORIさん

そうそう
勉強に関しては、努力する者が正しい者であり、運も味方する者です>レセママの息子さんへ

むむむ?
ご心配ありがとうございます。
4月は公私共に多忙でなおかつ飲酒の機会が多く
金欠気味で「慟哭」しておりますが、至って普通であります。
あと、BLOGもかけなくて「慟哭」であります。

というわけで、現在お金を拝んでおります>KISHIKOさん

KISHIKO
2007年04月27日 15:39
エイジ様もこの4月は、新年度のスタートで、何かとご多忙なのですね。
私も同じです。

今の政治状況を見ていると、国民みんなが、
「正しい信念を持ちつづける事が出来ない、諦めのようなモード」に入っているような気がします。

なんだか少しずつ、世の中が きな臭くなってきているようで、
なおのこと、自分を強く、信じて懸命に、毅然と生きていく姿勢が必要となってくるのですが、もう、これからは、

そういうことが、命懸けになってきましたね。
2007年04月27日 22:45
う~ん
スポーツは熱くなります。
精神を鍛えるのに一番いいのではないでしょうか。
てな訳でうちの兄ちゃん中学で陸上部に入りました。
足遅いのに何で??
好きな子が入ったからでした。。。
こんなよこしまな気持ちで、
精神力は養えるのでしょうか??
この時点で正しいものに疑問符がついた我が子です。
エイジ様よいアドバイスを~~~っ
どーまる
2007年04月28日 13:10
カモちゃんさま
リビドーに突き動かされての行動でも
自主的に入部したのであれば、それは
立派な正しい人の行為。
それにそういう人間の原点からくる
理由の行動は、モチベーションも
上がるし維持できます。

普通以上に精神修養も出来、
立派な人に育ってくれるでしょう。

・・・・とほんとは美術部に入ろうとして
部室間違えて柔道部に強制入部、3年間
男だらけの世界で暮らさざるを得なかった、
わたくしのやっかみ半分の雑文。

管理人様
飲み会で一揆のみやってる奴がいたら
鉄拳制裁願います。正しくない物ですから。
2007年04月29日 13:32
お久しぶりです。最近調子が良いruriです。ありがとうございました。
正しい者が勝たねばならないって重いですねー。

何だか分かんないけど今は売れてるみたいっていう人は息が短い事が多いです。私は最近しゃべりがのりません。稽古が足らんのか?相方が悪いのか?
でも、おもろい芸人は、売れねばならないのです。なのできっとバカ売れすると思います(いつか)。
2007年04月29日 17:00
正しい信念を持ち続けるのは非常に力のいることだと思います。
例えば、マザーテレサの人間離れした信念と行動は彼女の信仰によるものでありましょう。
正しい信念を持ち続けるのは、力まないことが大事であり、信仰心とか他力の力を借りることによってのみ可能になるのではないか?と思います>KISHIKOさん

どーまる様が言われるように、
「牛に引かれて善光寺」という話があるように、
人間は小さな動機に導かれ大いなる成果を得るものであると思います。
偉大なミュージシャンでも動機は「女子にモテたい」がギターを持った最初の動機ですからね>カモちゃん
2007年04月29日 17:17
人間のリビドーに引かれる行為は、きっとそのままなにかの成果を上げると私も確信します。
やはり無理はいけませんよね。
楽しい気持ちこそが大事だと思います。
しかし、なにかに取り憑かれたように柔道部のドアを開いてしまったどーまる様にも神の意志があったのでしょう。
偶然は必然に違いない>どーまる様

おお!
元気ですか?
ruriさんの悩み判ります。
だんだん BLOGのネタが無くなっていますね(汗)
私と同じです。
しかし、ネタに悩む自分の姿に「文豪」の悩みを見て陶酔しています。
でも、結局、自分が楽しんでやっちゃえばいいと思う次第です。>ruriさん
2007年05月07日 06:08
お久しぶりです.正しい信念って大切ですよね。信念のない人が最近あまりに多すぎる,,でも,自分の信念を押し付けるのも,,,考えものです。強い信念と,そして,他人,他のグループをいたわる思いやりの2つのバランスが大切なんでしょうね,,,どちらもないのは最悪です。
2007年05月08日 01:04
しんじさん。おひさしぶりです。
お元気そうでなによりです。

今回、私が主張したかったのは、「努力した者が努力してない者に負ける」とか「優しい者が無慈悲な者に負ける」とかではなくて、、「努力した者が努力してない者に勝たねばならない」とか「優しい者が無慈悲な者に負けてはならない」という「信念」を持て! 
という自己啓発です>しんじ様

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