信長における死に際について

昔のことで記憶が曖昧であるが(汗)
次のような逸話を本で読んだ記憶がある。

織田信長が,敵方大将の首を取ったとき、首を足下に置き、首の上から酒をかけた
そしてどっかり腰を降ろすと首を前に酒を飲み、蘭丸にこういったと言う。

「大将たるもの、相手に首を取られて晒し者になる最期は哀れであるから、私の首は相手仁取られないように心得よ。」

実際、本能寺の変のとき、明智光秀が信長の首を探したが、信長の首はおろか骨の欠片も見つからなかったと言う。
一説には、信長はいつも火薬を持ち歩き、万が一、相手に首を取られそうになったら死体もろとも爆発させて粉々にしたという話がある。

「光秀如きに、俺の首は取らせない」という思いがあったと思うが、実際に死体が出てこない死に際は見事であると思う。

もしも信長の首が取られ、晒し首になったのならば、第六天魔王信長の名も空しいものとなったに違いない。
かのナチスのヒトラーも死体は見つかっていないし、義経もそうだ
カリスマは死に際してもカリスマの伝説を作らねばならない。

十字架にかけられたイエスが、復活していなければ、キリスト教は成立しなかったであろう。

最近では、サダムフセインが間抜け顔でアメリカ軍に捕獲された時点で、フセインの負けであるし
オーム真理教の麻原が滑稽な中年の醜悪さ丸出しで捕獲された時点で、麻原は救世主でないと判別できる。
尊敬された人の死に顔が真っ黒で化け物顔であったら尊敬の念も消えるものである

現代においては、首を取られるということは無いので
病で死ぬか、事故で死ぬかぐらいしか死に方はないかも知れないが
いわゆる引き際、止め方、死に際が、その人の人生の印象を作るといっても過言ではあるまい。

今日、酒の席で「どういう死に方をしたいか?」と話あったところ
「愛人との腹上死で死にたい」という意見に対しては不賛同者0%であったことを世の奥様に伝えておこう。



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この記事へのコメント

お~すみ
2005年05月16日 09:38
( ゚Д゚)_σ異議あり!!

桶狭間で信長が今川義元を倒したのは1560年。
森蘭丸長定が生まれたのは1565年なので、
「大将たるもの(ry」
と言った相手は、同じ森家ならその父可成ではないでしょうか。
エイジ
2005年05月16日 12:18
え?
そうなんですか?
なんかの本で読んだ逸話だったので記憶が曖昧ですが
確か、森蘭丸は確かだったようなので
今川義元じゃないかもしれませんね

間違いは確実なので訂正します
しかし おーすみ君は歴史に詳しいのね
moetuma
2005年05月16日 21:11
そういうこと言ってる人たちは、
逆に愛人の方に腹上死されて、事後処理にあたふたする目にあうに決まってるわっ!!

・・・世の奥様方を代表して、叫んでみました。
エイジ
2005年05月17日 12:39
あら(汗)

そのような不埒な男はさらし首にした方がいいと
私も心から思います
はい。
月に変わって自分もお仕置きさせて頂きます
切腹
ゆみ
2006年10月19日 21:15
わたしも、死ぬときは、笑顔で。いい人生でした、ありがとう。といいたいです。こういう話をしながらお酒のむって、楽しいと思います。愚痴なんかよりよっぽど。
2006年10月20日 18:22
ここにコメントしてくれて嬉しいです。
なんせ この信長の死に際こそ 私の男の美学なのです
ゆみ
2006年10月21日 13:17
ひさびさに、お聞きしました、男の美学!サムライソングをプレゼントします♪三島由紀夫も壮絶でしたが。その意味は伝わってきます。
かっちょいいいいいい☆ スミマセン、熱くなりました。
2006年10月22日 11:46
三島由紀夫は死に狂いっていうか
死に場所を探していたようです。
太宰は入水自殺でしたが、三島も一種の自殺願望だったゆえの死だったと思いますね。

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