般若心経と北斗七星:破軍般若心経

今回は、誰もついてこれない私的研究の一部を紹介します。


六韜という古代中国の政治・軍事の書の中で、

戦いは新月の時に仕掛け、北斗七星を背にして戦へば必ず勝つ

と「最極の必勝法」として書かれています。

「新月に行動を起こす」ことは、以前にも書きましたが、実際に米軍も採用していますし、
新月魔法という西洋でも効果があるとされていますので、
実際に効果があることは疑う必要がありませんが、
北斗七星については、西洋では余り用いられません。
しかし、中国では絶大であり、
諸葛孔明が「必勝の秘法」とその力を賛美しています。

実際に北斗七星の力を戦に使った人物として酒井玄蕃という軍人がいます。

戊辰戦争において酒井玄蕃率いる庄内藩二番大隊は、連戦連勝の無敵で、
新政府軍は圧倒的な数で勝るはずの戦いに敗れ続け、
延々と逃げ回ることになり、多くの死傷を出したにもかかわらず、
庄内藩はほとんど無傷であったと伝えられています。

酒井は、新政府軍から「鬼玄蕃」と恐れられ名将として広く知られていますが、
なぜ無敵だったかというと、北斗七星の力を借りていたからであります。

北斗七星は、破軍の星と呼ばれ、
「破軍星の方向に向かって戦いを挑めば必ず負け、破軍星を背にして戦えば必ず勝つ」と言うもので、
まさに酒井の掲げた軍旗「破軍星旗」は、北斗七星を逆さに描いたものであった。
それは次のような軍旗であります。

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この旗には北斗七星の力が宿っているのですが、
ポイントは逆さということなのです。

逆さで無ければ酒井は勝てなかったと思われます。

なぜ逆さなのでしょう?
本来の北斗七星と逆さ北斗七星とは次のような形です。

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北斗七星は、諸刃の剣で、「背にして戦うと必ず勝利する」と同時に、
「向かって戦えば必ず負ける」と書かれているので、
うっかりと間違って使ったら自分が負けてしまうことになります。

実際に聞いた話なのですが、野球の試合に北斗七星の力を利用しようと、
監督が北斗七星をデザインした団扇を持って試合に挑みましたが、ことごとく惨敗したそうです。
負けるはずの無い相手にも惨敗したそうである。

違う例でも、受験の合格を確かめるときに、
破軍星の解釈を間違えたのでことごとく不合格だったという話があります。

北斗七星は強力なので
使い方を誤ると大変なことになります。
しかし、正しく使えば最強の護符になります。

なぜ、酒井は逆さの北斗七星を使ったかというと、
北斗七星を背にして戦うとは、
北斗七星を逆さにして戦うことです。
そのままの北斗七星では負けるのです


酒井はそれを知っていたので逆さの北斗七星を使い見事に必勝したのです。

北斗七星を戦勝に使う時は、くれぐれも「逆さ北斗七星」を使って下さい。



さて、ここからは諸葛亮孔明でも気づかなかった「最強の秘法」を書きたい。

以前に般若心経の中に「空」の文字が七個あり、
ピラミッド型に276文字を積み上げると、綺麗なピラミッドになり、
しかも、七個の空の形が6月6日午後6時のまさに北極星の真上にある北斗七星と
同じ位置であるという説を書きました。

参照:般若心経とピラミッドの秘密:般若心経曼陀羅

この奇跡的な偶然によって、般若心経が特別なお経であり、
主に「守護」に強力な力を持つことが判るのです。

しかしながら、横書きは欧米風に左→右(左横書き)に書くのが通常ですが
般若心経を逆に古代日本式に右→左(右横書き)に文字を積み上げると
北斗七星が逆さまになり、「破軍般若心経」になります。

判りにくいので、実際に示しますと、
まず、通常の北斗七星が現れる「護身般若心経」は以下のような曼陀羅です。
この護符は主に「守護」に効果があります。

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逆さ北斗七星が出現する、「破軍般若心経」は以下の様になります。
この護符は、「打ち破る」ことに絶大の効果があります。


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ちなみに、古来の日本語は右から左への右横書きでしたが、
1940年から欧米風に左横書きに変更されました。
この変更によって、無敵であった我が国は、初めて太平洋戦争(1941年ー1945年)で敗北したのです。

この「破軍般若心経」こそ、実際の効果を鑑み、
諸葛亮孔明を超える最強の必勝の護符だと自負しています。





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