ラブレター

日本で一番短いラブレターは、
太宰治が恋人に宛てた
「こひしい」の4文字のラブレターだそうだ。

一枚の便箋に、たったそれだけ。

人に恋心を伝えるには、
長文のラブレターよりも、
5・7・5の俳句や5・7・5・7・7の短歌くらいがちょうど良いのかも知れない。
恋も文学も制限のあるほうが燃えるってことであろうかw?

手紙というのは、
特にラブレターであれば、
もらって困る場合もあれば、心を動かされるスナイパーのような手紙もある。

ちなみに、私は、「ラブレター」と呼べるのは、
心を動かされるスナイパーのような手紙に限定すべきで、
もらって困る手紙はラブレターでは無い。と思う。


商売柄か?本能なのか?
文豪達はなぜか手紙が好きである。
太宰も生涯で1000通程の手紙を書いたらしいが、
文豪ゲーテはひとりの女性に1000通程のラブレターを送ったらしい。

さて、今日は、
太宰治生誕100周年記念の記事を読んでましたら、
カフカの手紙話が載ってましたので紹介しましょう。

「変身」「審判」などの著者である文豪カフカなんですけど、
著作以外にも恋人に送った膨大な量の手紙が残されています。

フェリーツェバウアーへ、5年間に600通を越える手紙を送ったそうで、
何度も日に2通もラブレターを送っている。

これら恋人たちに送られた手紙はカフカの死後
「フェリーツェへの手紙」「ミレナへの手紙」として発行されているそうだ。

死後、ラブレターが発表されるのは恥ずかしいような気がしますが、
よく考えてみれば、恋人たちが、
当時まだ無名であったカフカからもらった何百通のラブレターを捨てずに大切に保管していたということがスゴイ。
それ程、カフカのラブレターは魅力があった訳であろう。

カフカの晩年に、興味深いエピソードがある。

カフカは療養でベルリンに訪れ、公園を散歩していたのですが、
そこでカフカは、人形を失くして泣いている少女に出会いました。

そこで、カフカは何をしたかというと、
少女を慰めるために、翌日から少女のために、
毎日、毎日、手紙を書いたそうなんです。
これは人形が旅先から送ってきた手紙であると嘘をいって渡していたらしい。
そうして、
人形からの手紙は、カフカがプラハに戻る日まで続けられたそうだ。

そして、ベルリンを去る日、
人形が、長い旅から帰ってきたと、
カフカは、一つの人形を少女に手渡したそうです。
もちろんそれは違う人形である。
しかし、少女が非常に喜んだのは言うまでもない。


この話で、
文豪カフカにとって、
書くという行為は、
お金を儲ける手段でもなく、
文才によって有名になる手段でもないということが判るのです。

そうでないのならば、
人形をなくした少女に毎日手紙は書けない。

僕はカフカにとって書くという行為は、
ラブレターを書くに等しいと思うのである。

カフカは、伝えたいという気持ちに純粋だった故に、
少女に手紙を書いたのです。
その手紙は、ラブレターに他ならない。

だからね。
すべてのカフカによって書かれた文章。
小説も手紙も、すべてラブレターなんですよ。

よって、恋人たちは、カフカからの手紙を捨てることがなかったのでしょう。

ここで僕は思ったんですけど、
BLOGとはラブレターなんじゃないでしょうか?
いや。
少なくとも僕の書くBLOGは、
あなたに届くラブレターであって欲しい。

なぜ私はBLOGをするのか?といった記事を読むことがあるのですけど、
どうなんでしょう。

誰かが誰かの言葉を待ってる訳ではないかも知れないけれども、
カフカのように、
ラブレターを書くように、
大好きな人に贈るような文章を書ければ、
それだけで、きっと意味が出てくるのではないか?

そして、きっと
ラブレターを書き続けた物書きだけが、
文豪になったと思うのである。

歌手もおなじだと思うのですよ。
歌が上手いのなんだか惹かれないとか、
あまり上手くないんだけど、聴き入ってしまうとか、
売れる歌手と売れない歌手の差は
才能や運だけじゃなくて、
実は、きっと大好きな人に贈るような歌を歌い続けるかどうかが、
大きな差に違いない。

もしも、
金儲けや有名になる為に歌を歌っていれば、
歌が上手でも、自分が自分の歌に惚れこんで歌ってなければ、
人気歌手には成れないと思うのである。

そう考えると、
文学や音楽だけでなく
すべての表現はラブレターでなくてはならない。
と思うのです。


ちょっと人恋しい秋故に、
センチメンタルなBLOGであるな。

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