続 目に関する断章:魔女の左目

過去記事の目に関する断章の続編である。


いわゆる魔術の分野では「悪魔の左目」と呼ばれるが、「片目の視力が著しく悪い(特に左目)」人物の中に、いわゆる霊能力者が多い。といわれる。
霊能力というか特殊能力といっても良いであろう。
今回は、この話を残しておこうと思う。

片目というと、タモリ(子供の時に事故で右目失明)、宜保愛子(4歳のとき、左目に火箸が落ち失明)、麻原彰晃(左目弱視)、山崎拓(左目失明)、北一輝(右目失明)、デビットボゥイ(左目失明)ジャンポールサルトル(右目失明)などが居ますが、皆さんが非常にユニークで特殊な能力を持っているというか良くも悪くも人間離れしたような人が多い。

じつは古代では片目というのは世界各国で神の証であったという神話がある。
その代表例が北欧神話の最高神のオーディン(Odin)である。
天地、人間を創造し、文化、軍事、知恵、詩、予言などをつかさどる。片目を知恵と取り替えたため一眼になったという。
他に一つ目の神は、ケルト神話 ルグは片眼で魔力を持つ。ローマ神話 ホラティウス・コクレス(片眼)とムキウス・スカエウォラ(片手)はローマを救う神である。日本の天目一箇神は片目片足の神、鍛冶屋の神とされ、まじないの神でもある。
このようにあちこちに一つ目の神様がいらっしゃる訳であるが、それらの片目の神達はは、主流の神ではなく、闇を宿す「魔術系の神」である。


魔術といえば、サンドヴァルの『カール五世伝』のなかに魔女の話があり、11歳と9歳の二人の少女が、ナヴァールの国王法廷で自ら魔女であることを認めた逸話がある。二人は死刑を免れる為に仲間の魔女のことをすべて教えようと申し出た。裁判官がどのように魔女を見破るのか?と質問したら、少女はこう答えた「魔女かそうでないかは、その人の左目を見れば言い当てることができます」。 やはり左目ですよね。

もとより彼女たちは、反キリストや悪魔を信仰していたワケではない。
ただ、特殊な能力を持っていたので、普通の人間達やキリスト教側からみての悪魔、魔女にすぎず、むしろ魔女は魔女なりに魔女の世界に住んでいたのである。
ちょうど宜保愛子が、霊の存在をなんの疑いもなく信じているように。

片目の神は、その異形さゆえに妖怪にも多く見られる。
たとえば、四国地方の伝承として有名な“山父(あるいは山爺〉”や“さとるの化け物”もやはり片目で、人の心の中をよむことができたという。
その化け物は気が向くと、人間の里におりてきて、村人の考えていることを次々と言い当てていくのである。
村人は混乱し、ついには考えることがなくなってしまう。するとその化け物は、村人に襲いかかり、その人の心を食ってしまうという。

さらに富山地方の伝承によると、その化け物に殺された死体には、「脳を吸うとみえてじつは目に穴が空いていた」といったような、魑魅魍魎話が伝わっている。

一方、化け物ではなくて、神様として祭られているケースも多い。
神が降臨の際、稲の穂先や栗のいがなどで目の怪我をした、といった類いの伝承は日本中いたるところにあるのだが、神社の御神体にも、左目が極端に小さかったり、あるいは片目だけを閉じたように作られている像がかなり多いらしい。
こういったことを調べあげたのは、民族学者の柳田国夫であるが、その著書のなかで、「神様が一方の目を怪我なされたというのは、存外に多い話、。すなわち一目でなければ神の代表者たる資格がないという風に、信じられていたのかもしれぬ」と書いている。

なぜ神様が一目なのか、柳田国夫は次のように推理している。

「大昔、神様の眷属にするつもりで、神様の祭の日に人を殺す風習があった。逃げてもすぐ摘まるように、その候補者の片目を潰し足を一本所っておいた。そして非常にその人を優遇しかつ尊敬した。一方一犠牲者の方でも、死んだら神になるという確信がその心を高尚にし、よく神託予言を宣明するようになった。やがてこの風習が途絶え、ただ目を潰す儀式だけが残り、数々の伝承となった」

柳田は民俗学者なので超能力というような胡散臭い話はしないのであるが、片目=超能力者という構図はそこに歴然と存在してるのは事実のようである。



もしもアナタの左目の視力が著しく悪かったり、左目だけが色が変わっていたり、黒目大きさが違っているのならば、アナタはオーディン系の魔女の可能性があります。



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