海の断章(アクア説)

ギリシア哲学で人間には三種類あるという。

ひとつは死人。

ふたつには、生きていても死んだような人間。

みっつめは、海に向かって飛ぶ人間。


この場合の海は、理想や夢を示しているのだろうか?

それとも、海を示しているのだろうか?


最近、私達の祖先は「森を追われて海に逃げた猿人の末裔」であるという「アクア説」という進化論が有力視されているのでこの話をしようと思う。
この仮説はサー・アリスター・ハーディが1960年に発表した、ヒトの進化に関する仮説であるが、当時はまったく相手にされていなかった「人間進化の仮説」である。



■進化論では説明できない人間の不思議

根元的に人と猿は同じ祖先であるのは間違いない。人間は確かに地球上で生まれて進化した生物である。人間の内臓が他の動物と変わらないのをみても明らかである。
遺伝子だってヒトとチンパンジーは、ほぼ1%の違いしかないといわれる。

しかし、なぜこれほど猿と人間は違うのか?
たとえば、ダーウインの進化論で考えた場合、人間と猿には、どうしても以下の点を説明できない。

1)ヒトはなぜ無毛なのか?
2)ヒトはなぜ無駄に大量の汗や涙を流すのか?
3)ヒトはなぜ皮下脂肪が多いのか?
4)ヒトはなぜこれほど脳が大きいのか?
5)ヒトはなぜ対面セックスをするのか?
6)ヒトはなぜ言葉を話すのか?
7)ヒトはなぜ直立したのか?
8)ヒトはなぜ頭部の髪だけが際限なく長くなるのか?

1)ヒトはなぜ無毛なのか?を考えた場合、全身に体毛がない地上の哺乳類は、
●熱帯地方に生息し、体重が1トン以上ある場合
●完全に水中生活をしている場合
●直射日光が当たらない場合
●上記の複合型
しか可能性がないそうである。
つまり、地上で人が裸でいるのは、有益な性質ではなく、有害な性質であって環境に適応する為の進化ではないのである。

なぜ人間は裸になったのか?



■人間はいつ二本足で立ったのか?

ある歴史的な発見がされるまで、
地殻変動によって人間は森の生活からサバンナでの生活を余儀なくされたために、狩猟をする目的で、徐々に二本足で歩き道具を使用して獲物を狩ったと思われていた。
その仮説を証明するように、アフリカは森からサバンナへ変化したということが地質学から判明している。

地質学では、アフリカにサバンナが形成されたのは、今から約500万年年前から250万年ほど前の間に次第に形成されていったと判っている。
人類学は、森からサバンナへの変化こそが、猿が二本足で立って生活することを余儀なくしたと考えていた。
つまりサバンナが人類を二本足で歩行させ、二本足によって重い脳を支えられるようになったと考えられてきたのである。
サバンナで人類が二本足で歩くようになったのはいつ頃かというと、「今から200万年前」と考えられていたのである。

しかし、ここで事件が起きた。

1974年にエチオピアのハダールで最古の人類の化石が発見され、のちにルーシーという愛称で呼ばれることになったこの化石は、それまでのサバンナ説に再考を迫ることになった。

なぜならルーシーは今から350万年前に生きていたと推定され、しかも、すでに時折は直立二足歩行をしていた形跡を紛れもなく示していたからである。

350万年前の大地はサバンナではなくて、湿気の多いジャングルであった。
要するに、すでに人間はジャングルの中で二本足で立っていたのである。
ルーシーの発見によって、人間が日本足で立った理由は、少なくともサバンナで適応することではなかったことが判ったのである。



■ミッシングリンク
人類の祖先のサルと同じ頃に生きていたサルの進化の課程はおおよそ判っている。
すなわち、ゴリラ・チンパンジー・ボノボは、そのまま森の中で進化し、彼らはやがていくつかに分化し現在に至ったのである。
それが証明できるのは、進化過程の化石が残っているからである。

しかし、人間の進化の課程は、ある時期に空白の時期がある。
それをミッシングリンクという。
ミッシング・リンクとは、直訳すれば「失われた環(つながり)」ということで、直立二足歩行した人類の祖先の直前の原猿の化石が発見されていないのである。

なぜ四本足歩行の猿と二本足歩行の原人の間の化石が見つかっていないか?
それは、未だに「謎」のままである。


そのどうしても解明できない疑問に対し、「その間、人間は水中で生活していたからである」という大胆な仮説が生まれた。
「水中(海上)で生活していたのでサバンナに化石が無い」というのだ。

陸上の牛の一種が海に入って鯨になったように、
陸上の猿の一種が海に入って人間に進化したというのである。






■人間とイルカを比較する。

「進化論では説明できない人間の不思議」の各問題を他の生物と比較してみると、人間がイルカやクジラのような海中哺乳類であったと仮定するならばすべての問題は説明できる。


すなわち
●人間のように無毛の哺乳類は、クジラやイルカなどの海中哺乳類である。また人間の体毛の生え方も地上のほ乳類とは全然違う。

●地上の動物で、脱水を起こすまで発汗するものは、人間だけだが、人間の発汗と同じシステムを持つのは、クジラやイルカなどの海中哺乳類である。

●人間は他の類人猿とは異なって、皮下脂肪が発達している。クジラ、イルカにはヒトと同様に、体毛はなく、代わりに分厚い皮下脂肪が保温の役割を果たしている。

●自然界では、セックスの正常な体位は、対面位ではなくて、後背位である。
ところが、クジラやイルカ、ジュゴンやマナティー、それにビーバーやラッコも、腹と腹を向き合わせて対面セックスを行う。
処女膜もクジラ、アザラシ、ジュゴンなどにある。
これらはいずれもサルにはない特徴である。 

●人間の脳内にはDHAやEPAといった魚油が猿や地上の哺乳類に比べて特異的に多い。
これは、以前から祖先が魚を大量に食べていたと言われている。またDHAやEPAを大量に食べていたから脳が進化したとも言われている。

●人間が日本足で立った理由も、海中で頭を出して生活していたので背骨がまっすぐになった為だと考えられる。
その結果、大きな脳を獲得したのである。

●頭を海上に出していたので頭の毛だけが残ったのである。
また人間は海中にいたので海中の生物のような流線型の体になったのである。

●人間は言葉を話すが、これは息の調整ができるからである。人間の喉の構造は猿とはまったく違い海中の哺乳類と似ている。
海中生活での息継ぎの習得によって喉の構造が変化したのではないか?
息の調整を陸上の哺乳類の犬や猿は多少はできるが人間のように微妙にできない。
よって猿は人間のように複雑な歌を歌えないのである。




■鯨は海に留まり、人は荒野を目指した。

おそらく人間の祖先は、弱い猿だったのであろう。他の猿との生存競争に敗れ、海へ逃げたのか?もしくは海上の孤島に住みついたのか?
それは海辺と海中での二重生活であったと思われる。
しかし、陸地から海へ逃げた故に、人間は他の猿とかけ離れた進化を獲得することに成功したのだ。

そのような生活を何百万年と続けたあとで再び陸上の生活に追い出されたのが、我々ホモサピエンスである。

DNAの変異研究でヒトとサルの分化は500万年前くらいから始まったとされており、水棲の期間は500万年前から200万年ほど続き、300万年ほど前に再び陸上の生活に追い出されたと考えるのならば、見事にミッシングリンクと一致する。

おなじく、陸から海中に逃げた鯨は、そのまま海中で生活し、陸へは戻らなかったのであろう。


■海の断章
いずれにしても生命は35億年前の海から生まれた。
その時海の塩分は1%しかなかった。やがて海は徐々に塩分が高くなったが、私達の体の中はまだ1%のままである。
気の遠くなるような時間が過ぎ、環境が変化しても私達の体の中には、古代の海が永遠に生きている。

だから人は海に焦がれるのである。
子供が母を焦がれるように。



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