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zoom RSS 運は飛躍しない:高島嘉右衛門

<<   作成日時 : 2018/12/08 22:42   >>

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運は飛躍しないとは、
例えば、アナタが三日後に合格発表があるとしましょう。

もしも合格するなら、花が咲いたり、雲が微笑んだり、龍雲を見たりします。
不合格ならば、誰かと喧嘩したり、事故をします。
しかしながら、何かが壊れる場合は悪くなく、合格の吉祥です。
この判定は経験がある者しか判りません。

現象は皮膚が一枚の皮で繋がっているように繋がっているので、
大腸が悪いと皮膚に湿疹ができるように、
現象を解析できる人であれば、未来を予知したり、隠された結果を検知できるでしょう。

つまり、
運は飛躍せず、連続して繋がっているので良いことがある前は必ず吉祥の兆しがあるし、
悪いことがある前は悪い兆しが必ずあるものです。

本物の占い師は、燃え盛る炎の中に灰の兆しを見ることが出来ます。

私が考えるに本物の占い師として、高島嘉右衛門が第一でありましょう。
嘉右衛門のエピソードは非常に刺激的で示唆に富むと思われるので紹介しましょう。
以下の物語から何らかの啓示を感じ取って欲しい。

高島呑象こと、高島嘉右衛門は、1832年江戸で生まれた。
嘉右衛門は、4歳の頃までは一人で歩行も出来ないほどの虚弱体質であったが、頭脳のほうは神童と呼ばれるにふさわしく、どんな本でも三度声を出して通読すれば、それをそっくりそのまま記憶できたという。
彼の父親は土木建築業で財をなした人物で、「商人にしておくのはもったいない」と呼ばれるほどの度量の持ち主だった。しかし、この性格が災いし、「人助け」のために無茶な投資を行って財を傾けた。
それで、嘉右衛門が家業を継いだ時は膨大な借金を抱えていたが、彼の凄まじいばかりの努力の末、借金は無事返済したばかりか、ひと財産を作るまでになった。
 
だが、1861年、大きな不幸に見舞われる。
当時、欧米は日本が国際法に疎いことにつけこんで、不平等条約を結んでいたわけだが、金貨(小判)と銀貨(コイン)にも目茶苦茶な交換レートを押し付けていた。嘉右衛門は、これを利用して一種のマネーゲームを行ったわけだが、これを罪に問われ、捕縛され入牢となる。
当時の牢は環境が最悪だっただけではなく、モラルも最低でいつリンチで殺されても不思議では無いという恐ろしい場所だった。
だが、この経験は嘉右衛門の人生に大きな転換をもたらす。
たまたま、牢内に残されていた「易経」を見つけ、これが唯一の心の慰めとなる。そして、これが彼の命を救うことにもなったのである。
牢の中では、他にすることもないので、嘉右衛門は「易経」を読みふけった。そして、こよりで筮竹を作り、他の囚人達を相手に占いを行った。これは牢の中での良い娯楽となり、また良く当たるということで、彼は人気者となり、また牢名主などにも気に入られた。
ここで彼は劇的な事件を経験する。
1862年、仲間の囚人から牢破りの話しをもちかけられた。嘉右衛門は、リスクが大きすぎるとし、それを断った。そして易をたててみると、「天沢履」すなわち「虎の尾を踏むような危険に見舞われるが、その虎にくわれることはない。」と言う卦であった。さらに「天風井」。これがどういう意味かはその時は分からなかった。
そして、牢破りが行われた。だが、これは悲惨な失敗に終わる。包囲され、逃げられないと分かった囚人たちは自暴自棄になり、牢名主や牢破りに参加しなかった囚人達に襲いかかり、これを殺戮した。当然、嘉右衛門も襲われたが、この時、「天風井」の意味が理解できた。牢内では湿気対策のため、衣服を天上から吊るしている。これは井戸のツルベのように上げ下げをするものなのだが、これこそ井戸を意味する「天風井」ではないのか?
嘉右衛門は、そう悟り、その衣服の中に潜り込んで隠れ、九死に一生を得たのである。
その後、彼は牢役人に乞われて占い、その役人の出世をピタリと命中させた。これのおかげで、その役人の厚情により1865年に釈放されるのである。
こうした経験によって、彼は易に絶対の信頼と信仰心を持つに至るのである。

出獄後、彼は横浜に移る。
そこで高島屋材木店を起こす。
そしてイギリス公使館の建築の成功により、外国人達からは「日本一の大工」と評価され、注文が殺到した。さらに、横浜最大の旅館「高島屋」を起こし、ここで政財界の大物達と親交を結んだ。特に関係が深かったのが、伊藤博文であり、嘉右衛門の娘は伊藤博文の長男の妻となったほどだ。
さらに、横浜の埋め立て事業も行い、これに成功する。現在の「高島町」は、彼の名を冠した地名である。
また、鉄道の敷設にも大きく関わり、日本最初のガス会社を設立した。
また、東京・函館間の航路を作ったのも彼であり、北海道開拓事業にも大きく関わる。さらに私費を投じて教育機関の高島学校を開設する。
ことに横浜の郷土史家達は、彼を無視することは絶対にできない。横浜が、大都市となり得たのは、高島嘉右衛門の働きによるところが非常に大きいからだ。
このように、彼は実業家としても、非常に大きな業績をあげている。彼の実業家としての軌跡を書いただけでも、おそらく分厚い伝記が一冊できてしまうであろう。

彼は言う。自分が事業に成功したのは、ひとえに易占のおかげである。事業を起こす起こさない、買うか売るか、進むか中止するか、誰と手を組み誰と袂を別つか……そのこと如くを易に訪ね、これにはずれたことはないという。
この話は嘘みたいですが、実際に人事も易で決めたのは事実で、
かの有名な福沢桃介も面識の無い高島嘉右衛門の易でクビになった事を嘆いています。
 
よく、占いが当たるなら、なぜそれで金持ちにならないのか? という皮肉があるが、彼に関しては、これは当てはまらないようである。なぜなら彼は易で大金持ちになったからである。

1877年、嘉右衛門は45歳の若さで、突如として実業界から引退する。
理由は、易の研究に専念するためである。
彼は高島台に広大な邸宅をたて、邸内の「神易堂」に篭もり、易の研究を続けた。
彼を訪ねて多くの人々がやってきた。彼の易占を求めて。
嘉右衛門は、ここで庶民の個人的な相談ごとから、政府の高官の国家に関わる相談まで様々な易占を行った。
特に有名なのが、易占によって、「下関事件」の時にアメリカに支払った賠償金の奪還に成功したことであろう。
こうして彼は、「易聖」と呼ばれるに至る。

彼は易占をする時、報酬は一切受け取らなかった。
「占い」とは「売らない」であり、易占は米塩の資を得るために使うべきではない、というのが彼の価値観だった。
 
彼は数えるほどしか弟子は取らなかった。だが、「高島易断」なる名著を残す。
これは、易経の注釈と占例を集めた大冊である。
特に重要なのが、この本に収録されている「占例」だ。
非常に刺激的で面白いので、易占いを学ぶ者にとっては必読の教科書だとして、
珍重されている。

彼は1914年の秋、その生涯を閉じた。
彼は自分の死期も知っており、生前に位牌に自分の命日を書き込み、予言通りに世を去った。

高島流の易の特徴を簡単に言うのなら、まずは易は神からの啓示であり、神からの賜物でもあるとしたことだろう。
これはたいへん重要な考え方だ。

彼は妄念雑慮をたち、至誠をもってこれを求めよ、という。
そして、少しでも雑念があれば、例え本筮法のような複雑で厳密な占法を用いたところで、神との感応は得られず、何の意味もないとした。

彼にとって、易占とは、心理学的なものではなく、純粋に神と感応して行う一種の霊術という考え方が根底にあった。
 
だから、彼は後に、神社の神官たちにも易を学ぶことを薦めている。易こそ、神意を聞く最高の方法であるからだという。

彼は易を、神と人間をつなぐ「電信機」に例え、「占告神示説」を唱えたのである。

彼の易占の技術的な特徴としては、「略筮法」という、もっとも簡潔な方法で卦を求めたことであろう。

そして、基本的には、辞を重視し、変と象を用いなかったことも挙げられる。
これは略筮法の制約による理由もあったのだろうが、それ以上に彼にとって、易をたてることによって得られた卦は、神の啓示であり、これを信じればそれで充分であり、変や象でもって、あれこれ窮理するのは、一種の冒涜と考えたからであろう。

また、主に略筮法を用いた理由は、本筮法や中筮法などの複雑で長時間かかる立卦法を用いていると、時間がかかるぶん雑念が入りやすいくなるからであるという。
彼の易のたて方、卦の読み方は、そういった意味から見れば、簡略的であったとも言える。

彼は、易が単純に吉凶を拾うだけの「おみくじ」に堕ちることを、避けるように主張する。
易占家は、「易経」の持つ哲学的意味も全て理解しなければならない。こうして、易占家達が、「易経」を事細かく解題し、注釈するようになったのも、彼の業績によるところが大きいであろう。
そして、先にも書いた通り、彼の占例が現在も易占の第一級のお手本、教科書として用いられているのが、彼の偉大さを物語っている。

参考文献
高木彬光『大予言者の秘密 易聖・高島嘉右衛門の生涯』(角川書店)

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
とても勉強になりました。ありがとうございます。
ただお金は、店の家賃を払わないといけないので、最低限頂きます(笑)

多くの政治家や成功者は、裏で専属の占い師が居るようですね。
見えない世界を信じ、理解した者がこの世では成功するんですね。

2018/12/09 12:29
本物の占いとは、見えない世界を神と人間をつなぐ「電信機」だと思います。
この他力本願の姿勢でなく、己の念力を強化するなんて高慢になると
まったく当たらないのです>Nさん
エイジ
2018/12/09 12:59
占い師の端くれですが不勉強で全く存じませんでした。
とても教示に満ちてますね。

タロットも易なので、共通点があるなと思いました。
もっと精進せねば、です。
ららあ
2018/12/13 11:58
お久しぶりです。高島易断のこと、詳しくわかり、感謝です。最近、神の存在証明に成功しました。バンセの森をご覧ください。ツイッター、フォローさせていただきました。ツイッターネームは、ひろ、です。今後もよろしくお願いいたします!
腹出し
2018/12/13 17:44
エイジさん、こんにちは〜。

神と人間を繋ぐ、、、、。
その世界が伝えてくれることを読み解く、優れた占い師に出会えたらいいなあ。。。自分でも、多少は感じられるようになるといいのでしょうが、う〜ん、なれるかな?
エイジさんは「世界がほほ笑む」と以前記事にしていらっしゃいましたね。(^^♪
カコ
2018/12/15 11:51
エイジさん、こんばんは。

易経は、ユングも実験で当たると結論付けてましたね。
以前、初代AIBOの開発主導した技術者の本を読んだのですが、意外にも「易経は心が澄んでいればよく当たる」と書いてありました。だからこそ怖いのだそうです。占いがよく当たって会社を急成長させた人たちが、ある日当たらなくなり、一気に破綻まで突っ走ったのを見たのだとか。人生の一大事や欲が絡んだりすると心が乱れ、とたんに当たらなくなるらしいですね。やがてギャンブルのように止められなくなるのだと。
 
 私の直感も、よこしまな心だとただの思い込みで終わってしまいます…(泣)

 >「少しでも雑念があれば、神との感応は得られず、何の意味もないとした。」

高島嘉右衛門という人は、神と感応し崇高な宇宙の秩序を体得されていたのですね。
 
おしえていただきありがとうございます!
Komachi
2018/12/17 21:17
ららあさんこんばんわ。
すべての占いはおみくじでは無く、神占いという姿勢であれば
100発100中ということでしょうね>ららあさん

こちらこそよろしくお願いします
神の存在証明読ませて頂きました。
目から鱗でした。>腹出しさん

そうです。
世界が微笑む時万事が上手く行くのですよね
これってまさに高島易断ですよ>カコさん

ユングも晩年は易を研究しました。
私はその本を持ってます。
易は現象を見る目が大事です>komachiさん
エイジ
2018/12/21 21:17

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