「ほめる」と「おだてる」の違い。

「ほめて育てよ」って良くいいますよね。
たまたま、今日、
「ほめる」と「おだてる」の違いが判らない指導者が多い。という話を聴いて、
昔、少年野球で指導者をやってた時の話で
強く記憶に残ってるエピソードを思い出したので、
忘れないうちの書いておこうと思う。


ある若い監督が、東海地区で常に強いチームの監督に、
「選手を育てるには、ほめて育てよ。」と教えられて、
ほめていたら、チームが勝負弱くなったという話があって、
監督は悩んで、「ほめて育てるのは選手の質が良い場合に限っての話ではないか?」と
思い迷い始めたのです。
そこで、強いチームの監督に自分の指導方法を見てもらえないか頼んだら快諾してくれて、
見に来てくれたのです。
そうしたら、
「君のやってるのは、ほめてるんじゃなくて、おだててるから駄目だよ。」
と言われ、強いチームの練習方法を見に来るように、といわれたそうです。

そうしましたら、勝つチームはオーラが違うという表現でしたけど、
選手はみんな自信にあふれ、しかも謙虚で、監督から選手への一方通行の練習ではなく、非常にメリハリのあるチームだったそうです。

そこで監督は、経験的に自分で気づく事があって、勉強もしてですね。
指導方法を本当の意味での「ほめる指導」に変えたら、
選手の技術も向上し、
チームが強くなり、県大会へ出場できるほどのチームになった。
という話なんですけどね。

この話は、僕にとっても非常に大きな収穫で、
知って良かったと思ってるのです。
というのは、大事なのは、強いチームを作ったということでなく、
間違いなく若い監督は勝負運を引き寄せたということだ。

じつのところ、「ほめる」と「おだてる」は、全くの別物で、
ほめると、選手がどんどん育って、チームは強くなっていくのですが、
おだてると、結果が真逆になります。

みるみるうちに選手が軟弱になって、チームが勝負弱くなって行きます。

ほめて育てよ。とは、
おだてることや甘やかすこととは違う。
間違うと、選手を殺す結果になるということを、必ず覚えておいたほうが良いし、
指導者の人は、「ほめて育てる。」ということを勉強したほうが良いと思うのであります。

というのは、
指導者が、「ほめて育てる」ということができないと、
自分の指導力のなさを知らず、
選手が悪いと思い込むからであります。

その結果、ほめて育てることを放棄し、
やたら厳しい指導、選手を恐怖に落とし込む、競争の中で育てるという恐怖指導に変わるか、
もしくは、「甘やかす。おだてる。」という練習を「ほめる」ことと勘違いしたままで、
軟弱なチームで良いのだという一種の開き直りのチームになるのである。

軟弱なチームは言うまでもなく、
恐怖指導になったチームも本当に強いチームには成れない。
よく指導者は、嫌われてる方が良いという人がいて、
案外、良い結果が出てる場合もあり、
ますます嫌われ者に成っていく指導者が本当にいるけれども、
組織は残っても、いつか必ずその指導者自身が没落する傾向がある。
なぜなら、ある程度の所まではワンマンで行けるのですが、
必ず頭打ちになる。組織は指導者の器以上には大きく成れない。
自然の法則として、組織とは常に大きくなる必要がありますから、
器の小さい指導者は排除されるのです。

ところで、私は名指導者の原型というと、武田信玄を思う。
というのは、どんな軽率な者や乱暴な者でも
信玄に仕えるようになると、人が変わったように立派になると不思議がられたそうである。

信玄のように、あのボスに仕えると、
乱暴者や役に立たない者も人が変わったように立派なる。という評価をされているのは
ほかには、頭山満や山岡鉄舟、西郷隆盛あたりも、そんな評価である。

特に、山岡鉄舟といえば、清水の次郎長ですよね。
次郎長は鉄舟に会わなかったら、ただのヤクザ者で生涯を終えたと言われています。
鉄舟と会った以後の次郎長はまったく人が変わったと言われている。

私は、鉄舟も頭山も西郷も人物が似てると思う。
要するに、指導者というよりも、親分的で信玄的なのだ。
人に感化を与える力は神々しくもある。


その信玄は、戦国最強の生涯負け知らずの武将でしたが、
次のような言葉を残しています。

『人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり』

どれだけ城を堅固にしても、人の心が離れてしまったら世を治めることはできない。
情けは人をつなぎとめ、結果として国を栄えさせるが、仇を増やせば国は滅びるという意味である。

武田信玄は他の大名のように大きな城を造らなかった。
それは、己が信頼する家臣こそが、国を守る礎であると考えたからである。
信頼されると家臣は、より忠義に励む。

偉大な指導者が人を心底から感動させ奮いたたせるのは、
立派な思想や論理では無い。
人間的魅力に違いない。


このような理由から、
私は、信玄こそ、
ほめて育てることが出来た指導者と思っているし、
武田信玄や頭山満や山岡鉄舟のような指導者こそが、
目指すべき指導者像であるに留まらず、
目指すべき人間像であるということを忘れずにいたいと思う。



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この記事へのコメント

エルメス
2010年03月04日 19:37
「ほめるに」は愛があるけど、「おだてる」にはない。

信玄と家臣の間には愛があったんだと思います。

2010年03月05日 01:01
そうですよね。
つまり「おだてる」は自己愛で「ほめる」は無私の愛。
その違いは意図的に出来る事ではなく、もはや器の大きさの違いとしかいいようがないわけです。
やはり上等ということでしょう。>エルメスさん。
NORI
2010年03月05日 13:00
私は車業界の不景気でいろんな会社に転職アプローチしていますが、
頭がカチカチヤマの親父を見た後では昔の武将をすごい人だとは思えなくて・・・。今でも古い体質の会社には男至上主義的な空気があって、嫌です。
気楽にアルバイトでもしようかな・・・
器の小さい人間がと、城を大きくしてるんですよ。現代社会は。
大きな城に安堵感を得ている大企業に間抜け社員は増えたのだと思う。
どーまる
2010年03月06日 01:50
頭山満には中村天風のような乱暴者も私淑してましたね。

おだてるキャバクラ娘に愛がないというのと似た
感覚ですかねぇ?

ところで、先に上げた先達と、やたら親分風ふかしている
某政党の幹事長の違いはなんでしょうね?恐怖政治??
カコ
2010年03月07日 16:44
エイジさん、こんにちは~。

ほめて育てる、、、、確かにさじ加減は難しいんでしょうね。
でも、その人の力をきちんと見ていれば、本当にほめるべきところは
わかるんでしょう。本人にもそれがわかるから、ほめられたことが
確かな自信になり、指導者に対する信頼にも結びつくのでは?
ほめるというのは、本人以上に本人を知っていてこそ、と思います。
2010年03月08日 20:48
頭がカチカチヤマの親父というところで
アフロな親父かと勘違いしてしまいました。
NORIさん。こんばんわ。

そーですよね。
NORIさんと相性が良い会社を選ぶべきですよ。
合わない会社は不幸の元です。
ちょっと方角なんぞ、気にしてみてはどうですか?
案外、いい仕事があるかもです。>NORIさん。

小沢さんというのは大物だと思いますよ。
でもね、やっぱり顔の相が悪いですよ。
つまり、大事なのは、頭が良いとかお金があるとかじゃなくて
運が良いかどうかなんですよね。
そう考えると、小沢さんは運が良くないですね。>どーまる様
2010年03月08日 22:35
カコさん、こんばんわ。
ほめるということは、愛がなければ出来ないというよりも
お互いに向かい合い、真剣な姿勢であるゆえに
ほめるとか叱るという行為ができるのでしょう。
おだてるというのは、そのあたりが大きく違うようでありますね。>カコさん。

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