名古屋大須に見る地域活性化の理由

ひさかたぶりに名古屋の大須に行ました。
地方の方は知らないと思いますが、今、名古屋でもっとも活気のある町は大須でしょう。
大須へ行った目的は、blogのネタを探しに行った訳ではなく、コメ兵でビデオカメラを買う目的で行ったのであるが、目的とするカメラがありませんでした。
話によるとコメ兵は秋葉原にもあるそうであるが名古屋の大須が本店である。
なぜ大須がこれほどまでに活性化されたのか?よく議論される。
たしかに、大須は、浅草のように大須観音を中心とした門前町で、戦前はすごく繁華していたが、つい最近まで昔の繁華街にあるように「古くさい街」であり「ダサい街」になってしまったのであった。
ところが今や、「若者が集まるトレンディな街」に変貌を遂げた。いや、大須の強さは若者が集まる街ではなく、老若男女が集まり、インド人やアフリカ人も集まる街である点である。

大須の発展のキーワードは、秋に大道芸人による金粉ショーが開催されるという理由でなく、原宿でクレープを食べながら歩く若い女性を見ることができるが、大須ではお好み焼きを食べながら歩く若い女性が美しいという理由でもない。
私が思うに大須の活性化理由は「自然発生に生えた雑草の繁栄」であると思う。
よく行政が行う「箱物地域活性策」、誰も使用しない文化会館や小綺麗な美術館を作ってハードから活性化させるという方法とは対極にある理由で活性化したと思うのである。
大須は、街がごちゃごちゃしてるので行政の魔の手が入っていないのが良かった。
私見では、今日の大須の発展を担ってきたのは、インド人や中国人、ブラジル人などの外国人であると思う。
彼らが、ごちゃごちゃした街の片隅で小さなアクセサリー店やタコス屋、チャイナドレス屋を始めたことにより大須の街にバクダットのような深みが出たのであると思う。

そんな大須に行ったら是非いって欲しい店があるので紹介しよう。
その店は、ブラジル人が経営する焼き鳥屋で名前を「オッス・ブラジル(OSSO:BRAZIL)」という。
ここの焼き鳥は、トムとジェリーでしか見たことないような鶏の丸焼きを1000円で食わせてくれます。
しかも日本円をあいにく持っていなくてもブラジル紙幣でも支払いOKという良心的な店だ。

しかし、地域発展の理由など後から考えても無駄なことである。
なぜなら、分析は後から出来るだけで、現実の現象は分析をあざ笑う。

そうなんです。
大須再活性の真の理由は、お婆さんが言うように「大須の観音様の御利益に決まっとるがね」がもっとも正しいのである。

今度 大須にくる日は、大須サンバカーニバルの日になりそうです。

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この記事へのコメント

2006年07月10日 20:16
エイジさん、名古屋を語るなら、
はじめの出だしは、
八十日目(やっとかめ)に
大須にきたがね。ですよ(笑)
そんなこという人
今ではいませんが・・・
2006年07月10日 21:02
(((((((o≧∇≦)o キャハハハハハハハハハッ♪
日本円を持ち合わせてなかったら ブラジル紙幣はもっとじゃ…
                      グフフッ( ̄m ̄〃)
2006年07月10日 21:31
大須ですか!今日のユーガッタCBCで特集してましたよ。
お好み焼きやさんも。
いろんな地方都市の商店街の方々も見学に見えるとか?

>大須サンバカーニバルの日
いつですか?アーケードの下をあの衣装で踊るんですか?
見てみたい・・・
2006年07月10日 22:09
面白そう!お好み焼き食べながら歩いてみたいです。
ところでエイジさんはサンバカーニバルには出場しないのですか?
2006年07月10日 22:09
「大須の観音様の御利益に決まっとるがね」には大笑い!私も最近名古屋に帰ると必ず大須に行きます。どこよりも面白いですよね。でも、今回は行けずにアメリカに帰ってきてしまった。残念です、、、まだ、大須の店特集期待して待ってます!
KISHIKO
2006年07月10日 22:27
私が学生の頃(30年頃前)は大須はアンダーグラウンド芸術の街でした。七つ寺共同スタジオやら、大須演芸場やらは、学生でも、ちょっととんがった人たちがよくたむろしていたものです。兄も演劇部に出入りしていたので、七つ寺もよく行ったりしてましたが、その度に父から、「あんな危険なところに行くもんじゃあない!」と注意されてました。
大須も世代によって、感じるイメージが色々異なるところがおもしろいですよね
2006年07月11日 12:38
そうか~
書き出しをやっとかめにするべきだった
っていうか
カモちゃんは東海地方の人(ジン)でしたっけ?>カモちゃん

え!京都の人はブラジル紙幣を持ってないんですか?>ばぁさん

大須サンバカーニバルは、7月30日、7月31日に行われます。
名古屋の夏、サンバショー。大須観音さまの境内は、熱狂の渦に包まれます>レセママ
2006年07月11日 12:47
大須では、お好み焼きの食べ歩きがトレンディなんですyukakoさんファミリーも大須に来たら周りと違和感はありませんから是非おいでください>yukako

え!!!
しんじさんって名古屋なんですか!
高校は旭丘ですか?>しんじさん

確かにある意味、大須はいまだにデンジャラスな街でしょうね
大須演芸場は、東京から名古屋に上京した落語家が居ますので昔よりも流行ってますよ。昔あったポルノ映画館はあったっけ?>kishikoさん
KISHIKO
2006年07月11日 21:48
大須演芸場は昭和40年に誕生し、かれこれ30年以上続いているのですが、過去に3回も経営危機に陥り、競売に掛けられ、その度になかなか買い手が現れず、それでも、土壇場には奇跡のように生還を果たすのです。いつ潰れてもおかしくないほど流行っていないのに、誠にホントに凄い話です。
ところで、「ロック歌舞伎スーパー一座」が1979年大須演芸場で旗揚げ上演されたときに、初日に見に行きましたが、(今では例年のように海外公演を重ね、名古屋を代表する芸術のお墨付きをもらったようですが)入場者は、その時もほーんと少なくて、お世辞にも芝居も音楽も上手いとはいえず、そのうち、登場した女性の扮する仏像が、ハダカに金粉を塗った状態で、実際、素人の女の子が見てはいけないものを見てしまった…とドン引き状態になりました。※こんな下手くそな素人芝居、すぐ終わるわ…と当時思ったのが、年数を重ね、メジャーになり、今や大須再生のシンボルとして、輝かしく君臨しています。ホントに正直言ってビックリです。何度も潰れそうになった奇跡の大須演芸場は、その「ロック歌舞伎スーパー一座」によって支えられているといって過言ではありません。
2006年07月11日 22:11
ハッ!(`ロ´;)  世の中はそぉだったんだ…
2006年07月12日 12:20
私の地元の駅前商店街にはブラジル人の経営するレストランがあります。
そして夏祭りにはサンバダンサー達がホコテンにした商店街の車道を練り歩きます。
…残念ながら商店街は衰退の一途をたどっているように見えますが、帰るたびに店が変わっているようなのでそれなりにがんばっているんですかね~。
名古屋に降り立った事はまだ無いなぁ。
屋根が飛んでニュースのインタビューに答えていた男性はエイジさんですか?
2006年07月12日 23:39
そうなんだあ、大須にもサンバカーニバルがあるんですねぇ。
私は以前東京にいた頃、浅草のサンバカーニバルを見たことがありました。暑くて、具合が悪くなって、マックでウーロン茶のLサイズを飲みながら涼んだ記憶があります。
あの暑さの中で、踊るとやせられそう。

だけど、どうせやるなら、タイとか、フィリピンの水掛祭りみたいな、涼しい面白いお祭りが日本にもあればいいのに。
あればいいのにね。
2006年07月13日 02:52
名古屋っていっても実家は東海市ですけど、高校は知多半島の半田高校です。名古屋は学区が違うんですね、、、なんだか名古屋近辺の人多いですね、、、
KISHIKO
2006年07月13日 14:27
愛知県立半田高校といえば、知多半島屈指の進学校ですね。卒業生に、あの有名な「ごんぎつね」の新美南吉、作家の家田荘子さんがいらっしゃいますね。優秀な方ばかりですよ。
2006年07月13日 20:38
所在を明かしたらホラーな職場が
ばれてしまう??にゃははっ
2006年07月14日 19:18
KISHIKOさんは「名古屋の生き字引」の栄誉を送りたい程天晴れであります。KISHIKOさんに比べたら天チンや宮地なんか赤子みたいなものですよ
さすがに大東亜戦争の名古屋空襲の悲劇はご存知ないと思いますが
語り部は時代を超えて口伝えで伝承したいものです
私がKISHIKOさんの語り部を伝承します>KISHIKOさん

ちなみに、大須では物々交換もOKです>ばぁさん

屋根が飛んでインタビューを受けていたのは田尾じゃないですか?
最近 東海地方もアメリカに似てきてハリケーンがくるようになりました国際都市の憂鬱ですね>海流ママ

NORIさん
ありますよ
国府宮の裸祭りというのがありまして
フンドシマニアの男達がその祭りのために世界中から集まってきます
ちなみに私も一回でました
フンドシ男同士の肌のぶつけ合いは癖になりますね>NORIさん


2006年07月14日 19:25
いったい何人東海の人(ジン)がおるんや?

半田ですか!
南知多じゃないですか!
南知多ビーチランドの近くに住んでいらっしゃるなんてすばらしく海洋民族ですね
知多は美人が多いですね>しんじさん

新美南吉もですか!
半田といえば、石橋貴明の元妻もですよ
たしかホリエモンの元カノのモデルも半田だったような気がします
恐るべし半田ですね>KISHIKOさん

もしや幽霊病院と地元では名高い東海病院ですか?>カモちゃん
2006年07月14日 22:04
残念!!ちがいます~
でもいつかばれそう・・・
エイジさんなんでそんなに
愛知に詳しいのですか??
KISHIKO
2006年07月15日 01:20
エイジ様、名古屋の語り部として、これからもご活躍くださいね。
ところで、天ちんこと天野鎮雄の夫人である女優の「山田昌さん」はマスコミ等で名古屋弁を大いにアピールされているのですが、実のところ、彼女は名古屋出身ではなく、愛知県常滑市出身です。現在のお住まいも確か、知多市新舞子です。名古屋弁にも色々あるのですが、昌さんの「名古屋弁」はそういうわけで、本当の名古屋弁ではありません。正真正銘の常滑弁ということになります。
ちなみに、現在、セントレアで活気づいている「常滑市」は日本を代表するビッグネームを数々、輩出しているところで、ソニー創業者の盛田昭夫、経団連の平岩外四。哲学者の谷川徹三(息子さんは谷川俊太郎)、女優の中野良子、歌手のザ・ピーナッツ、人間国宝の山田常三 などがいらっしゃいます。
アッシー
2006年07月17日 02:11
山田昌といえばドラゴンズのピッチャーですか?
KISHIKO
2006年07月17日 19:28
山本昌弘さんではなく、山田昌さんです。名古屋弁を駆使する女優さんとして有名です。
2006年07月18日 01:47
カモちゃんも東海人なんですね
ヒントを!
ヒントを下されっ!>カモ殿

セントレアで活気づいている「常滑市」は盛田昭夫、経団連の平岩外四。哲学者の谷川徹三(息子さんは谷川俊太郎)、女優の中野良子、なんと歌手のザ・ピーナッツまでですか!
うーむ恐るべしセントレア
今度、セントレアの風呂に入って常滑を満喫します。
まだセントレア行ってません。
イタリア村も行ってませんね。>KISHIKOさん

山本昌は男だろっ!
そこで気づいて欲しいですね>アッシーさん<東海地方では男どおしの結婚は認められておりません
2006年07月18日 23:18
話題が超ローカルですね~。私の妹は新舞子に住んでますよ。山田昌ってなつかしいですね~。この間も友人とNHK名古屋の名古屋弁を話す人と言えば(これはもう過去のこと?)、、と言いかけて名前が出てこなくて悔しかった覚えがあります。今、すっきりしました。
KISHIKO
2006年07月19日 22:58
名古屋弁といいますと「本来」ならば、日本の共通語となっていても良いくらいの話ですよね。信長・秀吉・家康の三英傑の出身地域ですからね。ところで、知多半島の美浜町小野浦海岸には、世界で初めて「和訳聖書」の翻訳を完成させた小野浦の3人の漁師たち(音吉・久吉・岩吉)の三吉の顕彰碑があります。彼らは、鳥羽から江戸へ千石船「宝順丸」でむかう1832年、嵐で遭難、漂流してアメリカ・ワシントン州へ漂着。異郷を放浪中、数奇な運命を辿り、ドイツ人宣教師ギュッツラフと出会い、ともに協力して「世界初の和訳聖書」を完成させました。その世界及び日本初の聖書は、3人の故郷の言葉である「名古屋弁」に翻訳されたのです。
過去において、名古屋弁は、非常にインターナショナルな言葉だったのですね!
KISHIKO
2006年07月19日 23:09
蛇足ですが、名古屋弁の響きは、フランス語と似ているとのこと。イメージ的に似ても似つかない感じがしますが、どうなのでしょうね。
2006年07月20日 12:48
たまに自分もついていけないほど超ローカルであります
東海サークルでもつくれそうですね>しんじさん

おっしゃるとおり。
信長・家康・秀吉だけでなく、頼朝も尊氏も名古屋で生まれました。
名古屋弁は共通弁にするべきです
これから愛知・岐阜・三重以外の県を呼ぶ場合は地方と言いましょう。
名古屋弁の聖書は国宝にすべきです>kishikoさん

ちなみにフランス語は名古屋弁から発達したという説もあります
2006年07月21日 11:51
kishikoさん

いろいろ教えてくださってありがとうございます。子供の頃は家族でよく小野浦海岸へ行きました。内海はいつも人でごった返していたのですが、小野浦はそうでもなかったのです。そこで食べた大アサリの貝焼き、おいしかったのを思い出しました。
KISHIKO
2006年07月21日 15:51
美浜町は町おこしの一環として、国際人:音吉を顕彰して、「にっぽん音吉トライアスロン」というスポーツイベントを町をあげて行っています。SWIM:1.5㎞、BIKE:40km、RUN:10km の 計51.5kmの国際標準距離を走る本格競技です。
第15回目の今年は、先日7/16に開催されたそうですね。
2006年07月21日 18:21
さすが半田人と常滑人ですね
ローカルを通り越して、誰も判らない知多半島話に花が咲いておりますね
結構結構っ!
常滑はボートだけでなくトライアスロンもやっておったとは驚きです>しんじさんとKISHIKOさん
KISHIKO
2006年07月21日 20:59
エイジ様、あの…常滑人は主人ですが、私は名古屋人です。
れっきとした、尾張人ですよー。
それに、美浜町は常滑市ではないですよー(それにしても、セントレアはどっちになるのでしょうね・・・)
また、愛知県・三重県に広い太平洋に面していますがが、岐阜県は廻りは山しかないですからねー
漂流したくても川しかないですからねー、せいぜい伊勢湾に着けばいいとこかな。
ところで、岐阜県人は、人知れず海に憧れをいだいていると聞きました。
デートは山か海かというと、やっぱり海らしいです。
ちなみに、我が家は夫が海側のお陰で「山ばっか」出掛けてましたよー
※八事の「喫茶マウンテン」ではありません。ホントの山です。
喫茶マウンテンは店名を「八事山」にひっかけたのかもしれませんね。
昔は「八事」は山(小高い丘…別荘地)でしたからね。
喫茶マウンテンのちかくにあった「日本福祉大学」は今は美浜に引っ越して随分たちますよねー。山の人は、海に行きたがる象徴?ですかね。



2006年07月24日 21:04
なるほど。
美浜は常滑でない?
知多おそるべしですね
ちなみに、私は川辺の田園地帯に住んでおりますので
山ではございませんが、海は好きです
幼少の頃は木曽川で泳いでいました。
川で泳いだせいか川泳ぎが体に染み付いております。>kishikoさん
KISHIKO
2006年07月25日 00:37
エイジ様は木曽川育ちなんですねー
知多半島は、木曽川の水こそが生活の源です。
愛知用水により木曽川の水が知多半島に流れ、そのお陰で、それまで根本的水不足で苦しんでいた知多半島の人々のライフラインとなり、今尚、生活の根幹となっているんですねー。
愛知用水は、知多半島の農民のなみなみならぬ労苦から産まれたものなのです。愛知用水の発案者であり、その誘致活動の中心的存在になった人は、知多市の久野庄太郎というひとりの地元農民と、それに共感し共に二人三脚の歩みをした、豊明市の安城農林学校教諭の浜島辰雄でした。愛知用水は、行政主導による開発事業ではなく、知多半島の二人の青年の熱意を核として、受益市町村が参加してできたものです。愛知用水のために、久野さんは自分の全田畑を売り払って活動に心血を注いだといわれています。
知多半島の地域活性化を思うに、地域を心から愛する熱い先人達の、偉大な足跡を 多く辿ることができますねー
2006年07月25日 12:28
地元で言えば、やはり千本松の堤防工事ですね
あれは、九州の薩摩武士が幕府の命令で行った訳です
当事の薩摩隼人達は、島津藩を死守するために、想像を絶する苦労をした訳であります。
木曽川には先人達の、偉大な足跡と恩義を多く辿ることができますね。

ちなみに千本松の舞台をやっておった森繁が地元の小汚い喫茶店をお気に入りになり、いまでもたまに来るそうです。

あと近藤正臣も来たそうです。>kishikoさん

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  • 「名古屋大須に見る地域活性化の理由」について

    Excerpt: 「名古屋大須に見る地域活性化の理由」について 名古屋出身の方(特に知多半島のあたりの方)、大須から始まって話題が盛り上がっています。ぜひ、ご参加を、、、いいですね。ローカルな話題って言うのは(笑) Weblog: 佐藤慎司のことば/文化教育を考える racked: 2006-07-18 23:23