昔の若貴に戻す方法論

ワイドショーで「若貴の関係を修復するには第三者の仲裁が必要である」と
気ままなコメントをしていたが、成人の兄弟喧嘩は簡単には修正できないものだ

どこかの武家の家訓であったと思うが、親は兄弟には次の教育を幼いうちからするようにとある

弟には、「お前は親に成れても、将軍になれても兄には成れないから兄は特別な存在であることを忘れるな」と教え、
兄には「お前は兄という特別な存在だから、弟は体を張ってでも守ることを忘れるな」と教える

つまり、「兄弟喧嘩した兄弟は一生仲直りできない」という格言があるように
兄弟争いは家の存亡に関わる重大なことであるゆえに、武家では必ず封建的な教育をする必要があった訳であろう。

実際に秩序を無視した欲だけの世界は恐るべき世界であると思う
いわば、弱肉強食の畜生の世界である。
畜生には、子は守るという本能があるが、親を敬うという本能が無いゆえに畜生なのである
人間が畜生と違う点は、親や神を敬うという点である
この話はまた別に語ろうと思う

貴乃花は普段はなかなか立派な人格者の発言をするが、なぜ兄弟の話になると
あんなに小さい男の発言をしてしまうのか?誰もが疑問であると思う
これはやっぱり先代がこういうことを教えなかったのだと思う。

しかし、貴乃花も小さい男と思いながらも、発言してしまうのだと思う
自分の苛立ちを押さえられず、やむにやまれず、喧嘩を売ってるかも知れない

なぜなら、やっぱり貴乃花はお兄ちゃんには敵わないとどこかで思っているからであろう
どこかでお兄ちゃんは怖いのであろう
昔みたいに殴ってくれればさっぱりするのに・・・

大関時代までは、反発した貴乃花を兄の若乃花が殴ったり蹴ったりすることがあったという
そのとき、貴乃花は抵抗もせず兄に従っていたらしい
しかし、貴乃花が横綱になってから、弟でありながら神になってしまったので
若乃花も手を出さなくなったそうだ
私生活でも弟を神様扱いするような振る舞いに徹していたように思う

ここに問題がある

「弟は親に成れても、横綱になれても兄には成れない」のだし「兄は特別な存在だから、横綱になっても弟」なのだから、若乃花が貴乃花の下になる必要は無かったのである
もしも横綱になっても、2人になったら「横綱」と呼ばず「コウジ」と名前で呼べばよかったのである
そうすれば、貴乃花の方も「横綱」と「弟」の微妙な関係をうまく維持できたと思うわけである。

今の貴乃花はそれがうまくできないようになってしまったので、今回のような横綱にあるまじき発言をしてしまうのである。
確かに、相撲の道に入れば、親と子の縁も切るほどの世界ではあるが、しかしこれは相撲の話であり、人間社会の秩序または宇宙空間の秩序とは別であると思う。

もしも、横綱になったらステージが違うので、親や兄弟、近所の人のつながりも一気に超越できる神のような存在 になったという理屈が通れば、
「私は超越者だから、雑民は殺しても成仏の縁になる」といったオーム麻原になってしまう

親や兄弟の縁を切る覚悟で甘えを捨てて相撲道に精進するという意味であって
横綱になったら神様になったのだ!!という意味じゃないと思う

もう一度 殴り合いの喧嘩ができる関係だったら
昔の若貴に戻れるのにね

仲裁に入る人が必要と誰かが言うが、
その仲裁に入る人は
貴乃花を、涙を流しながら
「ばか者!」と罵りながら、バコバコに殴れる人じゃないと駄目だ。

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この記事へのコメント

ありさ
2011年09月21日 18:20
我が子らを、早速、今この瞬間から
そのように教育します。
毎日毎日。
これだけは絶対。

お墓掃除をした結果、この情報に出会えました。
私が一番知りたかった、男兄弟二人を育てる際の重要ポイント。

エイジさん、ありがとうございます。
宇宙意識さんありがとうございます。
先代の皆さまありがとうございます。

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