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zoom RSS この世は生きるに値するのか?

<<   作成日時 : 2013/09/15 13:43   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 49 / トラックバック 0 / コメント 10

宮崎駿の引退時のインタビューで、
「子どもたちに、この世は生きるに値するんだと伝えるのが仕事の根幹になければいけないと思ってやってきた。そしてその気持ちは今も変わりません。」と語っているのを聞いて、
非常に新鮮な気持ちになったのですが、
人間界は客観的に考えれば苦しいですよ。
いつか必ず死ぬし、思うようにならないし、
悲しいこともいっぱいあるし、それでも本当に生きるに価するのでしょうか?
むしろ生きるに価しないのではないか?

それでもこの世は生きるに価するとすれば、どんな人生であろうか?
そして、それを考えた結果、
「この世は生きるに価する」と実感できる人生とは、
それは金でも名誉でも無くて、絶対に「愛のある人生」しかないと私は思うのです。

私は、学生時代に「苦しみの中にも私は情熱を見いだす」という永劫回帰の思想を説くニーチェの強さに、
非常に感動したけれども、その言葉は英雄的だけど、どこか悲壮感があります。
いわば、特攻隊員の気持ちではないかと思うのです。
もちろん私は特攻隊員の気持ちは判りませんけれども、
一般論として、状況が絶望的に不幸であるとしても、
祖国に為、家族の為、日本人の為に死すという「愛の中に死す」ことを選択することによって、
己の悲劇を「愛」という価値に昇華させることが可能ではないかと思うのです。

特攻隊員は死ぬのが定めでしたけど、
私達も特攻隊員なのです。なぜなら、必ず死ぬからです。
人間はやはり悲劇なのです。
客観的に見れば、人間界は生きるに価しない世界です。
しかし、人間界を生きるに価する世界にしなければ成らないのです。

どうすればよいのか?
途方に暮れそうですけど、
生きるに価する社会にする為には明確な答えがあると思うのです。

それは、私達、人間にとって、この世が生きるに価するような社会というのは、
死んだ後に極楽に逝けるとか、金持ちになるとかではなくて、
「愛」しかなくて、愛を感じられる社会しかないということです。
そして、人と人との繋がりの中にしか愛が無いと思うのです。

人が繋がりを求めているという証明は、
例えば、フェイスブックやツイッターとかいわゆるソーシャルネットワークの人気に、
垣間見ることが出来ると思うのです。
なぜに人々はサイト上の交流するのを好むのだろう?
これは一時の流行のような気がしますが、
実は、ソーシャルネットワークにはまり、
ネット上での交流に何時間も費やしている多くのインターネットユーザーがいることが
調査で判っているそうである。

しかし、なぜそんなに熱中できるのか?

よく考えてみて欲しい。
現実の世界において、ほとんど自分の利益にならないことに、
なぜそんなに多くの時間を費やすのだろう?

それは、Facebookが社交の輪を広げるのに役立つからなのか?
出会いの場になるからなのか、ビジネスになるからでしょうか?
価値においては、明確な答えは出せないけでも、
確実にひとつだけ明白なことがあるのです。

それは、ネットの交流は、日々の現実から逃避する安易な手段であるということであります。
つまり、私たちを何百人、何千人という友達がいる世界やゲームの世界、
そして社会的経済的不安のないネバーランドの世界へネットは連れて行ってくれるのだ。

さて、ここで根元的な疑問に突き当たります。

ネット社会は、本当に現実の世界での人付き合いに代わるものなのか?

リアルな社会において、人と交流することはそんなにも難しいのか?

なぜ、ネット社会で繋がりを求めるのかということである。

私は、このネット社会、アバターの世界が人々を魅了する理由は、
「人間が一体化を求める魂を持つ」証拠であり、
世界が一体化する潮流でないかと考える。

社会が困難でも、人が嫌いでも、潔癖性でもプライドが高くても、
実は私達は、人と繋がりたい、一体化したい衝動を持っているのだ。
それは、根元的な私達の魂の欲求なのである。

そして、
繋がりたい欲求、一体化したい欲求を「愛」と呼ぶのだと思うのです。

ちなみに、カバラやキリスト教のグノーシス派では、
人間は、本来一つの大きな魂(神)であったが、
エゴ(利己主義)によって多くの破片に分離し、小さな人間になったと考える。

カバラでは、アダム・ハリションという最初の人間が60万の断片にまで分離したと説く。
そしてその破片は欲望で出来ている故に、
互いに孤立、疎外、敵対心を感じ、互いを利用しようと考えるのだ。
しかし、破片はエゴの固まりでありながら、元に戻りたいと魂の中では望んでいる。

それで人間の本来の目的は、最初の大きな魂に戻り、
絶対的な幸せな状態に戻ることである。
それは現実社会においては、他者と一体化するという生き方に他ならない。

しかしながら、現実の世界では、皆と一緒にいることを望みながら、
実は近づき過ぎたくはないという矛盾した欲求がある。
それは肉体がある故に発生するエゴの為ですが、肉体のない仮想ネットワークの世界は、
距離を保ちながら何千という人々と一体化することができるのです。

それが何百万という人々をソーシャルネットワークに引き寄せる理由であり、
昨今の人気具合を鑑みるに私達がひとつだったという証明のような気がしてならなのです。

そして、人は誰も孤独であり、
愛の重要性に気づいた人が愛を広げて行かねばなりません。
他人も愛を感じられるように愛を与えることが重要なのです。
誰にでも「愛されているんだよ」「君に興味があるのだよ」
「君が好きなんだよ」という愛を与えることによって、
誰しも「この世は生きるに価する」と考えるのではないか?

そして、私は思うのですが、
人間が死ななければならないというのは、
愛を知る為に必要な事かもしれません。

つまり、死す故に、愛を為せということであり、
死す者にとって愛こそはすべてであり、
死す運命によってのみ、愛の大切さに出会うことが出来るのではないか?
我々は愛に生きなばならないと気づく為に、人間に産まれてきたのではないか?

故に、
ただ「愛」を中心とした人生を目指すべきであるという結論は、
人間に産まれた者、誰にとっても達成すべきミッションだと思うのです。


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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
私が信仰している宗教の御教えの中に、
『愛は理解の別名なり』
というものがあります。
また、『愛は人間最高の宝にして、人間世界に愛に優る宝なし』という御教えもあります。
縁ある全ての人と繋がり、人の役にたつ生き方ができれば、その人は『愛』に生きたことになり、この世は生きるに値するのではないでしょうか。
コトキ
2013/09/15 22:25
更新いつも楽しみにしています。
eijiさんの世界観が好きです(^^)。
もしよろしければリンクさせていただけませんでしょうか?
http://blog.goo.ne.jp/rtzbowfrom5thdimension
http://rtzbowfrom5dimension.seesaa.net/
るつぼ
2013/09/15 22:35
そうですよね。
人を愛するという行為は、愛を拡散させる為の人心の教育でもあり、
自分自身を強める教育でもありますね。>コトキさん。

こちらこそよろしくお願いします。>るつぼさん。
エイジ
2013/09/16 21:57
こんにちは。
他の恋愛系の記事で読んだのですが、今まで特になんとも思ってなかったのに、何かのキッカケで好きになるってのは破片だとかは関係あるんですか?

それと、理由も無いのになんだか無性にワクワクするような日というか体調?の時は何か意味があるんでしょうか。
気になります。
名無し
2013/09/17 03:10
ピース(破片)はジズソーパズルのようなもので、
かみ合わせなければ形になたないので時間的要素によって変わりますよ。
わくわくする日は意味があります。その意味がわかるように感性を研がねばなりません。>名無しさん。
エイジ
2013/09/17 18:21
この記事一つだけで、一冊本が書けると思います。
愛をこれだけ明確に示してくださってありがとうございます。
ネットが、愛に向かい一つになる大きな潮流なのですね。
未都
2013/09/21 13:37
感服しました。格が違いますね。
密教の「理趣経」と龍樹の「空論」のエッセンスです。
愛欲即菩提という密教の教えを簡単にまとめられています。
人は愛染明王に守られ生き、金剛菩薩になる方法こそ、このお話です。
金剛
2013/09/21 19:53
とても力強い、思いの籠ったメッセージに惹きつけられました。


愛されたい、愛されている実感を得たいのに彼が愛してくれないという女性の訴えを聞くことがあります。

どう愛すれば良いか、
どうすれば相手に愛する気持ちを伝えられるか、
そんな主体的アプローチが大事なのではないですか、って云うのですが
分かって貰うのはいつも難しいです。


私はせっかくこの時代に
生まれて来たのですから
この世で袖擦り合う人を
しっかり愛していきたいと思います。

良い話をありがとうございました。




ららあ
2013/09/21 22:04
リンクの承認ありがとうございました★

>「この世は生きるに価する」と実感できる人生とは、
それは金でも名誉でも無くて、絶対に「愛のある人生」しかないと私は思うのです。

私は保育士で、これまでにいろんな人(子ども)に出会ってきましたが、
「愛」を求めない子など絶対にいなくて、
どんな子でも必ず「誰かの役に立ちたい」と思って生きてるんです。

それは例え自分のことしか考えていないようなエゴ人間でも
「偉くなって、みんなにすごいねと崇められたい」
(=お母さん、身内にいい顔をさせてあげたい)
という純粋な人を想う気持ち(愛)の上に成り立っていると思うんです。
お金や名誉というのは手段なんですよね。

だからやっぱり、人間はみな「愛」に繋がるために生きているのかもしれないな。
と思いました。
「愛」万歳。
るつぼ
2013/09/21 23:11
そうです。ネットの世界は、自由・平等・博愛を実現できる世界ですね。
そしてそれこそ魂の世界と同じなのです。>未都さん

まさに、龍樹の研究中なんですけど、
龍樹の空論の縁起によって、大乗仏教が小乗仏教よりも優れていると成りましたが
「すべてに実体が無く縁起で成り立つ」という世界観によって、
大乗仏教(愛の実践)の最勝を証明するものなのですね。>金剛さん。

今回の文章の一部は、ららあさんのメッセージによって繋がったので
ありがとうございました。>ららあさん。

なるほど!
具体的で判りやすいですね。
「偉くなって、みんなにすごいねと崇められたい」
というのも(愛)の上に成り立っているんですね。>るつぼさん。
エイジ
2013/09/22 09:38

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