BlueBloomBlog

アクセスカウンタ

zoom RSS 安岡正篤は運についてどう考えていたのか

<<   作成日時 : 2010/08/26 23:09   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 42 / トラックバック 0 / コメント 12

ヘロドトスの歴史書を読むと、
いかに過去の英雄達が、夢のお告げや神託に頼っていたかを知るわけであるが、
現在でも、アメリカのカーター大統領やレーガン大統領が優秀な専門家を周りに置いていただけでなく、
専任の占星術師を相談役に雇っていたし、
ロシアのゴルバチョフやエリツェンも占星術師を国家運営の相談役に使っていたようであるから
実際、一寸先は闇の世界では、論理的な人間の知恵など地震予知くらいあてにならなくて、
場の力を読むほうが確実に間違わないのである。

そして、
我が国の歴代の首相も陽明学者や易者に決断を委ねていたというのも
紛れもない事実であり、迷信でもなんでもなく、驚くことでもない。

陽明学者 安岡正篤は特に政治家に影響力を持った学者で、
かなり影響力を持っていたようである。
ちなみに安岡は「平成」の命名者でもある。

その安岡正篤が「運」についてどのように考えていたか紹介しましょう。

安岡正篤によれば、
幸福とは、
「幸」は、幸運の原因が自分の中にない与えられたもの。
「福」は、自分の力で得た幸運を指す。

即ち、幸福は、遺産みたいに自分の努力とは関係無しに与えられたものと、
自分の力で積み上げた徳によって得た幸運の二種類がある。

そして、いざという時に頼りになるのは、
先天的に与えられた幸ではなく、
自分の力によって獲得された福だけであると断じている。

安岡によれば、本人に徳が無ければ、偶然に与えられた幸運は、
あっという間に無くなるのみならず、
不運の原因となる そうである。

例えば、宝くじが当たった人の後の人生を紹介した記事があったが、
宝くじが当たった人は、見事にほとんど全員が数奇な運命を歩むことになるのだが
結論を言えば、
宝くじが当たったから不幸になる のでは無く、
棚ぼた式の幸運は、弱い所に不運となって返ってくる。

ということである。

糸でも引っ張ると弱い部分が切れるように、
棚ぼた式の幸運は、自分自身に不運となって返ってくる訳でなく、
弱い所、もしくは愛してる対象、守る対象、
例えば子孫とか、親とか恋人に不運となって返ってくるということみたいだ。

それでは、幸運に為らない方が良いのか?というと
そうでなく、
本人の徳を高めて得た幸運ならば、副作用が無く、
どんどん幸せになれる。
と安岡は言うのです。

そして、
どうやって徳を高めるかということを次のように書いている。

「人間は、深い精神生活をすれば、形相・色相に吉祥が顕れる。
運というのは必ず相に顕れ、相が良くなれば運が良くなる。
運を良くしようと思えば、心を養うことであり、
本当の学問をすれば必ず相が良くなる。」



つまり、
本物の学問をすれば、人相とか色相とか手相が変わる。
人相とか色相とか手相が変われば運がよくなる。
ということを言ってる。

非常に当たり前の話のように感ずるかも知れませんが、
これはすごい話である。

なぜなら、

人相が良くならない学問は本当の学問でない。
人相が良くなる学問をしなさい。

ということである。

この話を読んで思い出すエピソードがあって
同じボランティアをやってる二人の男の話なんですけど、
一人は、どんどん幸運に恵まれて市会議員まで出世したのですけど、
もう一人は、商売に失敗し、さらに病気になって
最期は死んでしまったんですよ。

通常、ボランティアというのは、無償で世のため人のためになる行為ですから、
幸運にならないにしても、不幸になるっていうのは理不尽でないか?

それで、安岡正篤の話を知ってから、
よく思い出してみると、
確かに、幸運になった人は、徐々に人相が良くなっていたのに、
もう一人は、どんどん顔から精気が抜けて悪相になっておりました。

僕たちは、外から見てただけだから、
私生活や精神活動において、
二人にどのような違いがあったのかは判らないけれども、

しかしながら、どこが違うかは判らないけれども、
どこかが違うから相になって顕れていたのでありましょう。

だから、
安岡は、相が良くなっていく人は、正しいボランティアをやってるけど、
相が悪くなる人は、どこか間違ったボランティアをやってるというわけです。

善行や行動の成果は、
実績や内容評判よりも
人相や手相の変化で観るべし。

と彼はいうわけです。

さて、更に面白いのは、
安岡は「善行をすれば運が良くなる。」といわず、
「本物の学問をして心を養えば運が良くなる。」と言っていることであります。

しかしながら、
実際にどういう学問が必要なのでありましょう?
その解答を安岡正篤は書いていません。
ただ「相のよくなる学問」とか「心を養う」としか書いてない。

本当の学問をススメながら、
本当の学問とはなにかを語らないのです。


学問といえば、大学の教授やらいわゆる学者が有利だから、
大学の教授や研究者が総じて運が良いかというとそうではない。

実際に、大学の先生で「徳のある先生」というのは滅多にいるものではない。
その理由は、生きる世界が猿山のボスのように狭いからである。

仮に人相の良い人を徳のある人とするのならば、
人間の徳は、人と人との繋がりの中で磨かれるものであって、
組織の権力や机上の論理で磨かれるものではない
のであります。

以前に書いた「神様になる人はどういう人か? 」で私が分析したところでは、

偉大な業績を残した学者は数多く存在すれど、
死後、神様となって祀られている学者は必ずしも、
業績や賞の大きさで神様になったのではありません。

神様になった人の共通点は、
研究室での学問に留まらず、
学問を通じて得た発見を、実際に世間を良くしてゆく礎となるように、
自らが率先して開拓活動を死ぬまで継続した科学者のみであります。

このような生き方を仏教では、
「上求菩提下化衆生」といいます。

つまり、
僧が厳しい修行を成就した暁には即身成仏という境涯を得る。
しかし、それで修行は終わりでなく、ただの通過点に過ぎない。

その先の更に険しい道を目指さねばならない。
それが菩薩道。
自分だけの幸せに止まり、山の中で安楽平和に暮らすのではなく、
山を下り、民衆に中に身を置き、死ぬまで人の身になって尽くすこと。
それこそが菩薩道であり、
仏弟子が生涯をかけて行うもっとも重要な修行であります。

例えば、観世音菩薩は、
すでに自分は浄土に入る徳力がありながら
人類のすべてが浄土に入らねば
自分は浄土には戻らないという誓願を立てられていますし、

地蔵菩薩も、自らを地獄に身を落とし、
地獄にいる人を全員救い出してから、自分も地獄から帰ってくる。
という凄まじき誓願をたてられています。

つまり、
菩薩は菩薩道を実践する故に菩薩なのであり、
菩薩は己の徳に安住し、己の地位にアグラをかいていないのです。

この「上求菩提 下化衆生」の実践とは、
仏教者だけでなく、
人類全体の指針であります。

科学者、哲学者、宗教家、企業家、教育者、主婦、学生・・
あらゆる人々に共通の「正しく生きる指針」ではないか?
と私は想うのである。

安岡の話は、肝心の本物の学問って何か判らないゆえに
なにやら、すごく当たり前の話をしてるようで、抽象的である。

なぜ安岡は本物の学問とは、
「論語」とか「陽明学」とか
具体的に書かかなかったのでありましょう。

その理由を私が思うに、
安岡正篤の考える本物の学問とは、
学ぶだけの学問ではなく、
実践にまで高める学問であって、
学ぶだけの学問ならどんな高貴な学問も価値が無いということなのです。

そして、さらに重要なことは、
行動の動機や結果で評価するのでなく、相で判断しなさいという意味は、
たとえば、
テロリストの動機は素晴らしく純粋だと思うのです。
だけど、それでは評価してはいけない。
本当に良いことならば、必ず相に出るということ。


でありましょう。

つまり、相のよくなる学問とは、
「上求菩提下化衆生」の実践を指している。

それは宗教やボランティアの話ではなく、
どんな種類の職業においても、
職業を通じて菩薩道を行えば、
相が変わり、運が良くなると、

どんな種類の学問であっても
哲学でもあっても、宗教であっても
肝心なのは、菩薩道の実践であると、

安岡正篤はそう言っているのです。

やはり安岡正篤はただ者ではありません。


twitter始めました。
140字のエクスタス。
エイジの部屋

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 42
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
面白い 面白い
かわいい

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
菩薩様の誓願をはじめてきちんと知りました。
有難くて泣けてしまいましたモ
くーぽん
2010/08/27 10:11
続きです

エイジさんのblogはいつも大切なことを教えてくれます。
ありがとうございます
くーぽん
2010/08/27 10:15
エイジさんのblogを読むと、やる気が湧きます。

私の人生まだまだ捨てたもんじゃないなって、希望みたいな気持ちが芽生えます。

今回も元気になりました。

良い人相になれる生き方を希求していきます。
ナナ
2010/08/27 20:21
私 いろんな企業の実績だとか エコを推奨してやっていること自体はわかりますが、ただやっていると言う実績だけなのか、本当に心からそう思い事を成し遂げているのか、疑ってかかってしまいます。会社の福祉事業もしかり。本心でやりたいのか 税金のがれでしているのか気になります。 最後はその経営者の人なりを見て判断しますが…。 人間の本質とはなんなんでしょうね。私も腹黒いところはあるんですよね〜 幸福になれるでしょうか。エイジさんのブログを読んで思いました。我が振り直せです…
おみつ
2010/08/27 20:29
エイジさん、しばらくです。自分の向上心で努力して、いろんなことを身につけることを目標にするのでなく、身につけたことをはきだす、というか人と分かつ、ことまでいって始めて、気持ちが洗われるのでしょうね。getばかりでなく、give。呼吸も吸ってばかりだと苦しい。ぜーんぶ吐き出すと、自然に入ってくる。わたしたちは、一人で生きてるのではないから。そんなことを考えました。
CHA〜
2010/08/28 15:12
占い師やってます、って言うと、
周囲からドン引きされるららあです^^;

お客様で
人相に険がなく、持つ気の佇まいが穏やかで美しいと

悩みや困ったこともきっとこのことを解決すれば
さらに良く成る為の試練なんだろうな、って思います。

自分も相手も両方上手く行く、
幸せに成ると思って動けば
きっと運も良くなっていきますよね。

いつもイイお話、ありがとうエイジさん^^
ららあ
2010/08/28 15:21
お久しぶりでございます
いつも楽しく拝見してます

最近会社の若い男子に「すごいテクニック持ってそうですね」と言われて頑張ることを誓ったyum姉さんです

お金のことでいうならば
棚ぼたのお金ほどみんなが喜ぶために使うと良いと思います
そう与えたラッキーはみんなのために
自分が積み重ねた福は自分を認め幸せにするために!
生きるラッキーのエンドレスyumでした(笑)

ありがとうございま〜す


yum
2010/08/28 22:59
道元や空海がいうように、
成仏とは一定のレベルに達することで完成するものではなく、
たとえ成仏したとしても、さらなる成仏を求めて無限の修行を続けることこそが成仏の本質であります。
そして、利他に徹することこそ菩薩道で、
自分が彼岸の岸を渡る前に他人を渡すことを実行する人を菩薩というようです。>くーぽんさん。
エイジ
2010/08/30 18:00
さしあたり
効果抜群な開運文字をお奨めします。>ナナさん。

商売については、
エコとか社会還元というよりも
商売そのものが社会奉仕であるという信念が大事であろうと思います。
そして、そのような商売の延長に社会還元があると思います。>おみつさん。

CHA〜さん。おひさしぶりです。
昔、誰かが
借り方の人生よりも、貸し方の人生を選べ と言ってたように思いますが
それはお金の話でも、福祉の話でもなく、
どんな境遇であっても優しさを持ち続けることが大事だと思います。>CHA〜さん。
エイジ
2010/08/30 21:07
僕はね。
生活の中で、人の役に立つことで苦心する環境、
といった何か不自由を持っている人の方が人生安心のような気がするのです。つまり、何かしらのボランティアをすることが大事だと想うのですよ。>ららあさん。

あらぁ yumさん おひさしぶりーふです。
って
いきなり、テクニシャンですかw
私も若い女の子におなじこと言われますよw>yumさん。
エイジ
2010/08/30 21:13
「相のよくなる学問」「菩薩道」を目指すとは・・・

表情は自分の心の質・つまり中身を表すということですよね。
安易な言い方になりますが、
善良でいて、どんな邪心にも感情的にならない強さと、優しさと、
余裕みたいなもの を持てばいい顔相にもなるって事でしょうねぇ?
更にボランティアという観点をももてば
自分の寛容性をも養うとかでしょうか?

うーんん まず穏やかになるよう頑張りますガ、千日かかりそうですー**

だいこく
2010/08/31 00:22
菩薩道が簡単にできる訳がありませんからご安心下さい。
運が良くなるには、墓参りです。w
そして、正しさよりも優しさを
ボランティアの精神は、ライオンの精神です。
取り越し苦労、腹を立てることを禁止。
そこからはじめても充分相が良くなると思われます。>だいこくさん。
エイジ
2010/08/31 21:44

コメントする help

ニックネーム
本 文
安岡正篤は運についてどう考えていたのか BlueBloomBlog/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる