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zoom RSS 神様になる人はどういう人か?

<<   作成日時 : 2008/11/01 21:45   >>

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いきなりスゴイ題名ですけど。

北里研究所の高台に「コッホ北里神社」という
コッホ博士の御霊を祀った神社があります。
そこは、コッホ博士を慕って北里柴三郎が作った神社である。
つまり、コッホ博士は神様になった訳です。

死後、神様なった人といいますと、
菅原道真公のように怨霊を鎮める為に神格化された場合と
コッホ博士のように生前から尊敬されて死後に神様となって祀られる場合があります。

後者の怨霊ではなくて、生前の徳を讃えられて
死後に神様と祀られる人は、私の近所にもあるのですけど、
「○○菩薩」とか「○○聖人」とかね。
死んだ人が祀られて神様になった人がいるのです。
そんな神様達は、決して生前に華やかな実績のある人、国民栄誉賞を貰った人とかね。
沢山の寄付をしたり、慈善事業をしたりするような慈善家とかですね。
すごい修行をした宗教家とかね。
必ずしも死後に、このような有名人が神様として祀られる様ではないのです。

では、どんな人が神様になって祀られるか?
というのが不思議なんですけども
ある際だった特徴があると思うので今回はその事を書きたいと思う。

では、どういう人が神様になって祀られるか?といいますと、
それは、「菩薩行を実践した人」であると私は思うのである。
つまり、菩薩行を実践する人のみが真に尊敬される人だと思うのです。

では、「菩薩行とは何か?」といいますとね。
仏教で「上求菩提下化衆生」という教えがあるのですが、
密教の僧侶は、己が即身成仏することが完成ではない。
即身成仏した後、衆生を加持祈祷で現世利益を与え
教化によって済度して利他行を実践し続ける。
これこそが密教僧の一生をかけて成就すべき道であり、
すなわち、「上求菩提下化衆生」こそが菩薩道なのです。

座禅や瞑想で自分が悟っているだけでは仏になれないのですね。

即ち、成仏を目的とする修行者は、成仏をする為に世俗から離れ、山に居るようでは
決して成仏できないのです。
山を降りて街の中に住み、実生活の中で、人々の中で、
「菩薩」として「行」することによってのみ成仏できるのです。
いわば「思想家」ではなくて「実践者」でなくては菩薩ではないのです。
思想家の菩薩はいないのです。
したがって、実践としての菩薩行を完成しないと仏になれないのね。
そして仏もまた行を続けるのです。
仏は常に止まって安住するときはない。

たとえば、チベットのダライラマは、生きた菩薩といわれているのですけども、
死んでもすぐに人間に生まれ変わって永遠に人間界に転生すると信じられている訳です。

なぜ、ダライラマが死んでもすぐに人間に生まれ変わらねばならないか?
しかも、またダライラマにならないといけないのか?
というと、ダライラマが観音菩薩の化身と信じられているからです。

観音菩薩はすでに仏となるべき徳を得ているので
本来ならば悠々自適の世界で仏として安楽な世界に
安住することもできる訳であります。
しかしながら、観音菩薩は地球上の全ての人間を救うまでは仏にならない
という誓願を立てられた訳です。
だから観音菩薩は休む間も無く、永遠に人間界に存在し
「上求菩提下化衆生」の菩薩行を実践していると信じられているのです。
即ち、菩薩とは、悟りを得ているのに涅槃(永遠に平和な世界)に入らず、
あえてこの世に生まれてきて生きとし生けるものを救済する者のことをいうのであります。

そして実際に現在の14世のダライラマは、13世が死ぬ前に
自分が転生する場所を予言したそうですけどね。
そして予言どおりの場所にダライラマ14世が転生していたのです。
現在の14世ダライラマは、チベット北部のアムドのタクツェルの小さな農家に
9人目の子供として生まれた人物でもともと僧でもなんでもないのです。

しかし、候補者が本当の化身かどうかを前世の記憶を試して調査するそうで
例えば、先代ゆかりの品物とそうでない品物を同時に見せて、
先代のダライ・ラマの持ち物に愛着を示し、
それを手に取った時、
またその持ち物で先代が行っていた事と同様のくせを行ったりしたとき、
その子供はダライ・ラマの生まれ変わりと認定されるそうだ。

またお墓に立ってる地蔵菩薩も菩薩ですから観音菩薩と同じです。
地蔵菩薩の菩薩行は、
地獄にいる者をすべて救い上げるまでは仏に為らない
という凄まじい誓願を立てられているのですよ。
地蔵菩薩は地獄に人間が居なくなるまで
ほぼ永遠に地獄に転生され存在される訳です。
地蔵菩薩も「上求菩提下化衆生」の菩薩行を実践しているのです。


では、死後神様に祀られたコッホ博士はどうか検証してみましょう。

いくらコッホ博士がスゴイ学者だとしても
世の中には、オッペンハイマーやアインシュタインとかね。
他にもスゴイ科学者は沢山いますし、日本人に影響を与えた科学者も沢山います。
しかしながら、
死後に異国の日本で神様になった科学者は、コッホ博士しかいないのはなぜでしょう?

ちなみに、ドイツの細菌学者ローベルト・コッホ博士
北里柴三郎がベルリンに留学していたとき(1886−1891)に師事した学者です。

コッホ博士は、病気と病原菌の関係を客観的に証明し、
病原細菌学という分野を開拓した人類にとって極めて重要な細菌学者です。
1905年にはノーベル生理・医学賞を受賞しています。

北里柴三郎は、自らの輝かしい業績の全てが、コッホ博士のご指導の賜物である
と思い、博士を心から尊敬していたそうで、
博士の死後、御霊を日本に呼び寄せて学問の守護神として祀ったのです。

北里柴三郎は、自分の研究の業績で有頂天にならず
研究の成果を実際に利用して世の中の人の為になるまで
実用化することに生涯を捧げた学者である。

北里柴三郎に、そのようなことを教えたのが、コッホ博士で
「素晴らしい研究をしても、それを実際に応用して世の中の人の役に立たなければ何にもならない。」
と教えられたからだそうだ。

つまり、コッホ博士の言った言葉の内容こそ
まさに「上求菩提下化衆生」でありましょう。

「上求菩提下化衆生」という菩薩の実践基準は、
宗教や思想だけの考え方ではなくて、学術や研究も同じで、
いくらすごい研究を成し遂げても
論文でノーベル賞をもらった状態で止まるのは科学者としての本分ではないのです。
研究の成果が世の為人の為に役に立つようになるまで実践を継続することが
「科学者の本分」であり「科学者ができる菩薩行」なのです。

コッホ博士の実学の精神に薫陶を受けた北里は、日本に帰ってきてから
ジフテリアに罹患させた羊の血清からワクチンを作り出し、
近代日本における血清療法を確立したのである。

コッホの偉大さは、その弟子の偉大さによっても知ることができる。
腸チフス菌を発見したG・ガフキー、
ジフテリア菌の分離に成功したフリードリッヒ・レフラー、
血清療法の研究により1901年ノーベル生理学・医学賞を受賞したエミール・ベーリング、
化学療法の研究により1908年ノーベル生理学・医学賞を受賞したパウル・エールリヒ、
破傷風菌を純粋培養し、ペスト菌を発見した北里柴三郎
など、キラ星のような学者達がコッホの研究室から輩出した。
このことからも、コッホ博士とはけっして頭でっかちの学者でなくて
「菩薩行」を実践していた科学者であったと私は思うのです。

そしてコッホ博士が亡くなると
北里は、コッホ博士に報恩する為に、コッホ博士の神社を造ったのであります。

コッホ博士に薫陶を受け
ひたすらに「上求菩提下化衆生」を実践した柴三郎ですが
1931年に彼が逝去した際には、
門下生らがコッホ祠の傍らに北里祠を設け、北里の御霊を祀られました。

つまり、
「上求菩提下化衆生」を実践した故に
コッホ博士も北里柴三郎も神様になったのです。

もしも、コッホも北里も
研究や論文だけの科学者であったならば、
学者として歴史に名前は残したかも知れませんが
おそらく神様として後輩から祀られることは無かったと思うのです。


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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
深いですね。エイジさんの思想は深すぎる。
どんなに賢くったって、行動が無ければ絵に描いたもちですもんね。
具体的に、何人救えたのか?どんなことをしたのか?
ここに焦点があたること自体健全ですね。

全く行動がないけど批評ばっかりしてる政治評論家とか、
「じゃ、選挙出れば?」と思います。

ayakomame
2008/11/03 21:12
最近、勘違いしてたことに気づいたのですけどね。
つまり、イエスも釈迦も孔子もソクラテスも
宗教家や思想家じゃなくて行動家であったのですよ。
吉田松陰も思想家のようだけど、行動者ですよね。

昔、安岡正篤という思想家がですね。
「すべての学問は実践して初めて価値になる。」と書かれていた意味が最近ようやく判ったような気がします。
つまり、いにしえの学者達は皆おなじことを言っていたのです。
それは「上求菩提下化衆生」という菩薩行の実践が
人間の真に生きる意味なのですよ。>あやこさん
エイジ
2008/11/03 22:06
深すぎてついていけないカモ
自らのための研究では神になれないんですね
まあ簡単に神になれたら
八百万どころじゃ足りないでしょうが・・・

余談ですが先日
佐倉惣五郎のTVがやってたんですけど
彼の怨霊を鎮める為に神社が建てられたのですが
生前から庶民に尊敬されてたので
尊敬と鎮魂
両方持ち合わせての神も珍しい気がします
両方持ち合わせた神、
他にもたくさんいるのでしょうかね?
カモちゃん
2008/11/04 22:30
おお。歌舞伎の「佐倉義民伝」ですね。
天災・飢饉の続く村の名主であった惣五郎は、農民を代表して藩の役人や江戸の役所に困窮と減税を訴えたが聞き入れられず、老中に駕籠訴をしても果たせず。
遂には4代将軍家綱が上野寛永寺へ参詣の折に直訴に及んだんですね。
その結果租税は軽減されたが、惣五郎夫妻は磔刑、男子3名女子1名は死罪に処されたのですね。

我が岐阜にも千本松原の治水神社がありまして
ここは、江戸時代に幕府の命令で薩摩藩が岐阜の輪中工事に当たったのですよ。鹿児島から岐阜県に工事に来たのですよ。武士が工事したんです。しかし、死傷者が多数出た難工事で、このとき工事を監督した薩摩藩士平田靱負は難工事を完工後、予算のオーバーと死者を多数出した責任を取って切腹したんです。平田靱負正輔を祭神として、治水神社が祀られています。
これらも尊敬と鎮魂ですが、やはり「他者の為に行動する」という「菩薩道」だと思いますよ。>カモちゃん
エイジ
2008/11/04 23:41
昔の上に立つ人って偉いね〜…
庶民の為に一生懸命働いて
でも、その為に被害があれば命まで差し出して
責任をとるなんて!
今のお役人さんに爪の垢でも飲ませたいわ。

あと、子供が社会の昔の暮らしっていう
授業でやって 私も初めて知ったんだけど
昔はため池を作るとき、ひとがたと言って
ため池が決壊しないように
生きてる人間を土手に埋めて
祈願したそうですが
そういう人も神様になったのかしら?
ぜひ、そういった人達もお祀りしてあげてほしいです。
キキ
2008/11/06 14:48
ほんとに偉いよねー。
阪神の岡田監督も、中日に負けてクライマックスに
出られなかった時の胴上げは泣きました。
岡田監督も神様にしてあげて下さい。
怨霊にならないようにですけど、
♪(* ̄m ̄) ププッ >キキさん
エイジ
2008/11/06 20:46
私にとって 岡田監督は神でも平民でも
どうでもいいのです♪
キキ
2008/11/07 15:07
エイジさん、遅くなってしまってすみません。ちょっと忙しくて。。。

さて、孤高であったり、象牙の塔の住人では、だめということなんですね。。
人々の心に直接何かを残していくような、手間を惜しまず、人を育てる人が
神様になってゆくのかな〜。

人と人がもっと濃厚に接して、何か精神を伝えていく、、、ことで
素晴らしい継承者が育っていくのだろうか?

凡人の私も、まずは行動して、少しでも社会の役に立つことを
考えようっていう気になりますわ!
カコ
2008/11/07 20:48
つまり興味がないつーことですか?
可哀想な岡田さん。踏んだり蹴ったり。>キキさん

カコさん。ごきげんよう。
つまり、人間は怠惰になりやすいのですよ。
ひとりでいれば楽です。仏教ではそれを小乗仏教といいます。
人と接するから摩擦も生まれる。傷ついたりします。
しかし、傷つけられても人の役に立つという行為を継続することが菩薩行であり、大乗仏教なのですね。
そしてこの菩薩行こそ正しい道なのです。>カコさん
エイジ
2008/11/08 16:13

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