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zoom RSS 母の断章

<<   作成日時 : 2008/09/13 19:42   >>

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シュールな母に関する断章。


■母殺しの夢

ある少年が母の首を絞めて殺す夢を見たと言った。

スイスの精神医学者で分析心理学の創始者C・G・ユングによれば、
「母殺しの夢」は人間が精神的に成長していく過程において
どうしても一人前になるために克服しなければならない問題を、
『母殺しの夢』で表現されると言っている。

夢の中の母は、母の肉塊のナリをした少年の中の弱さ。
母とは自分の弱さであり、庇護者の象徴である。

しかし、私は思う。
少年が母を殺したとき、
彼は同時に自分も殺した気持ちがしたに違いないと。




■ヤクザ社会に母はいない。

ヤクザ世界は、親分の事を「親父」と呼ぶが、
親分の奥さんの事は「お母さん」と呼ばずに「姐さん」と呼ぶ。
ヤクザ社会は、「母不在」なのである。
その理由は、アウトサイダーの世界は狩猟民族の性質があるゆえに、
「父系家族」であり、自分の血族よりも、同じ盃を交わした仲間を大事にするからである。

なぜなら、狩猟民族にとって仲間の裏切りは致命傷になる。
血族は裏切る可能性があるが、同じ盃を交わした仲間は裏切らない。

だから、狩猟民族は「血」を信用しない。
「仁義」を信用するのである。
その為に、ヤクザにとって「血の象徴」である「母」は不安定な存在意義であり、
殺さねばならない存在なのだ。

父系社会においては、水は血よりも濃いのだ。



■神様にも母はいない。

じつは日本の神様も母不在なのであります。
日本神話の神様であるアマテラスもスサノオも、父親だけから生まれた。
なぜなら、母になるべきイザナミは
火の神であるホノカクツチを生んだときにやけどをして死んでしまったからだ。

キリスト教においても「聖なる父」は存在しても「聖なる母」は存在しない。
聖母信仰は本来のキリスト教ではなく異端の信仰であるといわれるのもその為だ。

それはなぜかというと、ヤクザの世界に母がいない理由と同じく、
神は「血」を否定し、神と人間との「契り」を要求するからである。

その為には、「血の象徴」である「母」は信仰の為には殺すべき対象なのだ。



■ 母を愛する者は楽園から追放される。

キリスト教の神は母を慕う者を徹底的に虐げる。
聖書の創世記にある、カインとアベルの挿話は、暗示に富んだものである。

神は農産物を捧げたカインを顧みられず、
狩猟の獲物を捧げたアベルに慈しみを持たれた。
ここから「神は農耕民族よりも狩猟民族を祝福する」という哲学を読むことができる。

それは、「神は母性よりも父性を祝福する」という哲学に読み替えられる。

いわば、母神信仰は、農耕民族の神であり、父神信仰は狩猟民族の神である。

キリスト教や仏教が父神信仰であり母を廃絶する理由は、
人間が「神」よりも「母」を大事にすること恐れた故である。
その後、カインはアベルを殺害し、エデンの東へ追放される。

母を慕う農耕民族は父を慕う狩猟民族を殺し、
その結果、神の怒りにより楽園を追放されたのである。

仏教も同じである。
出家とは、母を捨てるという意味であり
庇護された地上の楽園から、修行という名の荒野へ旅立つのだ。

若き僧は母を救うために、母を捨てて出家する。
母は嘆き悲しみ息子の帰りを待ち続ける。
母は泣き続け盲目となる。
息子の右足には幼い頃についた傷がある。
盲目の母は、来る人来る人の右足を触って傷を探すのです。

ある日、修行僧の息子が帰ってきて、盲目の母が右足を触らせてくれと頼む。
修行中の息子は、母に息子と知れるのを避けるために、左足を触らせる。
そして母に息子と告げずに船に乗る。
自分の息子だと気づいた母は息子を追いかける。
船に追いすがろうと海の中へ進むのであるが
無情にも盲目の母は海で溺れて死んでしまったのです。

船の上から一部始終を見ていた若き僧は慟哭し
天に向かって叫んだという。
「仏は子が出家すれば親が救われると説いた。
もしも母が救われなかったのならば、仏は我を欺いた。」と。

十字架に死したイエスを見ていた母マリアの悲しみが
イエスの死よりも軽いと誰が言えるのか?


■ 疑問

なぜ神は「血」を、母との繋がりを、良しとされないのか?
なぜ神は自分を産み育てた母を捨てよというのか?
愛が深ければ深いほど、強い憎しみに変わる。

私は神に問う。
母を捨てよと説く神こそ、
汝こそ母に捨てられた者ではなかったのか?


■ 鬼子母神の物語

心理学では、父性は善と悪を区別して指導する傾向、
母性は善悪の分け隔てなく、すべてを包み込む傾向のことと説明している。
「愛と憎しみは表裏一体」とはよくいわれるように、
愛が深ければ深いほど、強い憎しみに変わる可能性も高くなる。

ゆえに神は「愛」よりも「理性」を良しとした。

「愛」深い者が、必ずしも万物に平等に慈悲深いとはいえない。
その例として鬼子母神の話がある。

そもそも鬼子母神は般闍迦魔神の妻でとても美しい女神であった。
しかも500人ものたくさんの子どもがいた。
鬼子母神はこの愛する子供たちを育てるため
人間の子供をさらってこれを食べていたのであります。
つまり鬼子母神は人食い夜叉である。

自分の子供は可愛いけれど、他人の子供は可愛くないのです。
それは我が子は我が肉と血であるゆえ、
自分を愛するように我が子を愛することができるからである。

そんな鬼子母神を見て、お釈迦様は鬼子母神がもっとも可愛がっていた
一番下の子供の姿を神通力によって隠してしまう。
鬼子母神は嘆きそして悲しみ、必死になって世界中を気も狂わんばかりに探し回り、
途方に暮れついにお釈迦様に助けを求めたのであります。

お釈迦様は鬼子母神に
「500人の子供のうち、たった1人が居なくなっただけで、
お前はこれほど嘆き悲しむのである。
数人しかいない子供をお前に食べられた人間の悲しみは
お前の悲しみの比ではないと分かるか?」と諭した。

つまり、母親の愛は、その愛の深さゆえに悪となる危険性があるということを
鬼子母神の話は教えているのです。

だから、神は母を良しとしないのです。


■ 母は偉大なり。

発達心理学では
二人が肩を並べてひとつの対象を眺めることをジョイント・アテンションと呼ぶ。

「子は母の視線を追い、母の見ている対象を共に見ながら母の言葉を聞く。
逆に母も子の視線を追い、子の見ているモノを共に眺める。
このような共同の行為のなかで得られた経験が成長へ展開する。」

僕たち人間は、否、人間だけでなく神も悪魔も自分の母の視線を追って
大きくなったのである。

ところで、
鬼子母神の話はここで終わりではない。

改心した鬼子母神は、人間の子供の守り神になり、
更に法華経という経典の守護神に格上げされ、
魔物から善神に変身したのである。
これは仏教の最高位の守護神となったということである。

仏教では、キリスト経と違って、
悪魔が改心して仏法の守護神となるパターンが多いが、
そのもっとも象徴的であり、
かつ強力なのが、この鬼子母神であります。

あらゆる宗教で否定され、恐れられていた母という存在は、
最後の日が近づくと
最高の力を発揮し
善も悪も解き放つことができる最強の守護神として、
人間を守護すると法華経に預言されている。



この世の救いは、お金でも、不動産でも、
ましてイエスでも釈迦でもない。

この世の救いは
ただ、母の掌中に握られているのであります。





以上、シュールな母の断章を終わる。



アヴェ・マリア / カッチーニ  (piano solo)





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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
わ〜い、一番のりで〜す。

エイジさんたら、相変わらず、複雑なことを考えていらっしゃいますね〜。
母性、、、、おそらくは、受容し、自立までを助ける存在。
      時として、真の自立を妨げることも。
父性、、、、おそらくは、強く生きていき、自分の道を切り開くために厳し      くある存在。時に厳しすぎて子供をつぶしてしまうことも。
ぐらいの分類で考えておりますが、、、、、。

難しすぎてよくわからないのですが、
キリスト教であれば、キリスト信仰以外にも、マリア信仰の強いキリスト教、さらには、ヨハネ信仰の強いバプティスト教会などもあります。
マリア信仰の強い国では、「母」の存在は大きいのです。
アングロサクソンは、父的社会と考えられるかと思います。

現実社会では、子供は母も父も超えていかなければなりません。
ですから、お友達を装う親などもってのほか、と個人的には
考えています、、、って、関係ない?
カコ
2008/09/15 15:12
あのね、母って思うに
存在しているというただその事実だけで
多くの矛盾を包含するものなのだと
ワタシもそう思うのですね〜〜〜

かつては「女という存在は
なんでこうも面倒で矛盾に満ちたものなんだろう?」
って我ながら思っていたのだけど。
そんなもんよりかナンボか矛盾に満ち
ナンボか面倒な存在、それが母という存在なのかもしんない。

エイジさん、今日はいつにもまして哲学的ですわ。

シーラカンス
2008/09/15 20:25
子どもを棄てたいなんていうと、社会で生きていけないことになってしまいますし、言ってはいけないのかもしれない。
だけど、タブーの深みにいるから、深い関係が長い時間かけて育てられていくんですよね。
逃げ道のない深いところだと思います。
pojio
2008/09/16 13:37
哲学は苦手ですが

よく考えることに
おにぎりが1個しかない状況で
自分の息子と息子の友人の2人が飢餓状態であったと仮定して
母である私は、息子と友人におにぎりを半分ずつにして渡すことができるか
ということを自分に問うのです。
もちろん息子に1個全部を食べさせたいが、その友人にも母がいて、きっと自分と同様に息子を想う気持ちが強いであろうことを考えるだろう。
そして、半分に分けてあげるであろうと思うのですが
そのもう1人が知らない人であったなら、とか、友人がもっとたくさんいたらどうだろうと、自分を追い込んで問えば、答えが出せず悶絶するのです。
神からすれば、どんな状況にあっても、皆に平等に分けることが善であろう。
しかし、子を想う母の気持ちは、善悪を越えたものであるということです。
イヤ、母にとっての善は、子供を守ることなのです。
腹がへったカラス
2008/09/16 17:27
どっかの外国での話しなんですけど、
海は女性だから、船に女を乗せていくと
海が嫉妬して魚がつれないそうです。

その話を聞いて
なぜか海って素敵だとますます思ったのですよ。
だってね。哲学なんて疲れるでしょ?
だから、僕は理不尽さに癒されるのですよ。>カコさん

海で鯛を釣ってね。
もしもメスだったらオスも釣れるそうです。
つまり、メスの周りにオスが必ず泳いでいて
いなくなると探すんだそうです。
それで、逆に最初にオスが釣れるとね
メスは危険を察して逃げるらしく
一匹しか釣れないそうです。

つまり、神と母が競ったら神が絶対に負けるのです。
だから神は母を恨んでるのかもしれません>シーラさん

ところで、水星と金星と火星がてんびん座で重なるのは
700年に一度だそうです。マドモアゼル愛先生が言ってました。
エイジ
2008/09/16 18:24
そうだと思います。母は偉大すぎるのです。
神の比ではありません。

だから、
少年は誰でも母を殺さねばならないのですよ。
つまり母は模範でありタブーであり
愛であり執着であり庇護であり癒しであり
その薄気味悪い母の亡霊を捨てて自立してゆくのですね。>pojioさん

盆という習慣は父母や祖霊を供養し、の苦を救うという行事なんですけどね。
ご存知かも知れませんが発祥が面白くて、
釈迦仏の十大弟子で神通第一と称される目連尊者が、神通力により亡き母の行方を探すと、餓鬼道に落ち、肉は痩せ衰え骨ばかりで地獄のような苦しみを得ていたそうでね。
その理由こそ、「わが子だけが可愛い」という母ゆえの愛の深さによって
地獄に落ちたのですね。
お釈迦様は、母がわが子以外の他人に食を施せば救われるということで、
施餓鬼という仏事を盆に行うそうです>かなさん
エイジ
2008/09/16 18:37
男性によって、天使にも悪魔にもなれるのが女であり、
子供の為なら、悪魔にも魂を売れるのが母であり。
愛情によって、善にも悪にもなれるのが母であり女なんですなぁ。
と思ったりして。

男性も同じだとは思いますが、なんとなく鬼気迫るものを感じるのは、女性特有の、思い込みの深さのせいですかね。

そういえば、両親に、自分の四肢を切り刻まれる夢を見たことがありました。吐き気で目覚めましたね。
ということは、心の底から両親の庇護を欲していたってことですかね。
ゆか
2008/09/16 20:36
お久しぶりでございます☆
母親というものは悪い事も許してしまうのでございます
我が子可愛さの為に…
それが出来るのは母親だけだと思いがちになります


それって限度があるね
可愛いから旅をさせ
可愛いから突き放す
それも大切な事なんですね
反省してます(^_^;)
yum
2008/09/17 23:35
そういえば、
ゆかさんは切り刻まれる夢が多いですね。
なにか非常に悲しいというか
罪の意識というか
そういう感情が潜在的にあるような気がします。>ゆかさん

お久しぶりです。
yumさんのおっしゃるとおりに。
良いも悪いも抱擁してしまうのが母親の偉大な点でありましょう。
しかし
人を人として育てるという場合には
良いは良いけど悪いは悪いといった父親の視点が必要なのかも知れませんね>YUMさん
エイジ
2008/09/18 17:52
母は母であって女ではないという
固定観念がずっとあって、
それを実母に崩されたときに 
母って一体なんぞや・・と思ったことがありました。
まだ その頃は若かったので〜
いろいろと反抗もしましたが
年を取って いろいろ経験して 
なんとなくわかるようになりました。
みるきぃ
2008/09/18 21:27
最近、愛染明王がお気に入りなんですけどね。
煩悩即涅槃だそうです。
迷いの多い子羊のみるきぃさんも成仏間違いなしです。>みるきぃさん
エイジ
2008/09/19 18:34
エイジさんは仏教にも造詣が深いんですね。
鬼子母神のようなおかぁさんは困り者ですけど、みんな女性の根っこにあるものは似ているのかもしれないですね。
自分が大人になって、いろいろ考えれば考えるほど。
どんなお母さんだって偉いなぁと思います。
ayakomame
2008/09/20 00:03
女性が子供を産んで育てるということ。
ただそれだけで非常な大事業であると
私は本当に思います。
決してビルゲイツよりも劣ってないと思います。>あやこさん
エイジ
2008/09/22 01:58
母の存在は、男性でも自分の中に抱え持つ、自分自信の絶対に消せないような弱さなのですね。それが何となくこの年になって分かる気がします。
エイジさんがやくざのお話になぜ詳しいのか...?Vシネマ??
NORI
2008/09/22 12:33
ヤクザという世界観って
哲学や宗教の世界と共鳴すると思いませんか?
きっと一休や空海っていうのは
ヤクザっぽいと思うのです。
だからなんとなく詳しいのかもね>NORIさん
エイジ
2008/09/23 10:33
こっちでもブログやってらしたんですね。
非常に面白い切り口で、興味深い内容をお書きになりますね。
なるほど。。。
母が最後の救いなら、救いを導く神様(男)はいったい何なのでしょうね?
クルス
2008/11/29 01:04
エイジさん。はじめましてスカラベと申します。
なんて美しく悲しい内容でしょう。
他のブログも読ませて頂きましたがどれも素晴らしく
感心してしまいました。
エイジさんって何者?
スカラベ
2008/11/29 21:01
クルスさん。はじめまして。
ちなみにBLOGという形式のものはここだけなんですけどね。
いや結局、男も女も不完全なんですよ。
だから片親の神は不完全。
つまり、父と母の間に生まれた神じゃなくては本物ではないのです。>クルスさん

スカラベさん。はじめまして。
何者という名乗るほどの者ではございませんのよ>スカラベさん
エイジ
2008/12/01 18:08

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