易学を非常に判りやすく、しかもスリリングに説明してくださる「リーダーの易経」の著者であられる竹村亞希子さんのBLOG「亞の玉手箱」の中の日記で次のような解説がありました。
これは易で有名な格言「窮まれば変ず。変ずれば通ず。」の解説であります。 私はこの格言に対し「困ったことが起きたら変化することによって上手くいくようになる。」というような、いわば「自分が変わることによって運命が変わる」という意味即ち「自己改革の格言」と考えていたが、じつはもっと深い意味を持った思想であることに竹村さんの解説を読んで閃いたので忘れないうちに書いておこうと思う。 さて、ジョージ・W・ブッシュが、かって国防長官へ起用したドナルド・ヘンリー・ラムズフェルドには、「ラムズフェルドのルール」という40年間にわたる下院議員生活を通じて得た心得があるが、その心得の中で彼はこう言っている。 「ある問題の解決策が見当たらなく行き詰まったときは、その問題を拡大させなさい。 」 たとえば、あなたが風邪をひいたとしましょう。 熱が出ました。喉が痛いです。 そのときにすぐに風邪薬を飲まず、風邪をもっと悪化させようと試みたとします。 そうすると、自然治癒力で治るかも知れないし、もしかしたらもっとこじれて肺炎になるかも知れない。肺炎になれば風邪ではなく、肺炎という病名が付くので特効薬を飲むことによって肺炎は根治するでしょう。 つまり、あなたは非常に疲労して免疫が低下してるから肺炎になった。 だから肺炎を根治させるには安静と薬が重要である。と適切な原因がわかる訳です。 一方、肺炎にならず、自然治癒力で治れば、なにかしらの理由で、あなたの免疫が低下してたから風邪をひいたけれども、熱が出たことによって免疫機能が目を醒まし回復し完全に治癒しました。良かったね。という訳である。 ここで熱が出そうなので早めに風邪薬を飲んだとしましょう。 風邪薬というのは風邪を治すのではなく、風邪の症状を抑える薬であるから、おそらく症状はすぐに緩和され、あなたは元気になったような気がするでしょう。 しかし、あなたはまたすぐ風邪をひくことになると、私は賭けても良い。 もしかしたら風邪気味の体がクズクズと長引くかも知れません。 なぜなら、病の示す信号を無視し、安易に症状を緩和させた為に問題の根本治癒の可能性を放棄してしまったからである。 違う例を出しましょう。 貧困の問題が発生しました。原因はさまざまで、ひとつではありません。しかも社会問題として誰も注目していません。つまり問題の原因が判らないとします。 世の中にはこのように根本原因が判らない問題というのが非常に多いですね。 従ってどうすれば根本的に解決するか?というのも皆目判らない場合が多い。 そんな問題が発生した場合、その解決方法について、ラムズフェルドはこう考える訳です。 「安易な貧困対策を行わず、貧困を放置しなさい。あるいは、作為的に拡大させなさい。そうすることによって、貧困が生じた根本的な問題点が自然と浮かび上がり根本的な解決方法が判るようになる。しかも大きな社会問題になることによって誰もが貧困を社会問題と考えるようになるので政治的な予算も得やすい。」 もし、誰かの努力や善意で、貧困の問題が大きくならないように、表面的な解決を試みたとしましょう。そうすることによって、貧困の問題は解決せず、どんどん問題が潜在化していき、さらに大きな問題を発生するようになるであろう。 判りにくいですか? では、さらに違う例を出しましょう。 あなたは「フグの刺身」を思いっきり食べたいと思っている。 寝ても醒めても頭はフグのことばかりで仕事も手に付かない。 あなたは瞑想したり、煙草を吸ったり、違う魚を食べたりしてフグを忘れようと試みる。 それらの対策は、きっと無駄だ。 明らかに無駄な努力だ。ますますフグが恋しくなってくるのは明白である。 私はこの問題については正しい答えを知っている。 「フグの刺身を飽きるまで食うが良い。誰にも気兼ねせず、フグをとことん食いなはれ。そして、あなたがフグに飽きた時、あなたはその時を境にして、フグを死ぬ程食いたいという欲望が確実に薄れたことを自覚するであろう。」 さらに違う例を出しましょう。 丸太の木に火がつきました。 火を完全に消すには、水をかけるべきか? それとも燃やして灰にすべきか? どちらが最善でしょうか? この答えも私は知っている。 燃やして灰にすべきである。 水をかけるのは賢い方法ではない。水をかければ丸太のような大きな木は不完全燃焼になり、グズグズと燃え続ける。仮に消えたとしても木がまだ残っていれば再び火がつくことも有り得る。また消えたと思っても火種が残っている場合もある。 火を完全に消すには燃やして灰にするのが唯一の完全な方法である。 煩悩も炎に喩えられるけれども、煩悩には水をかける(押さえ込む)よりも煩悩を燃やし尽くすほうが煩悩から確実に解脱出来ると考えられる。 つまり今回私が気づいた真理はこうだ。 「物事は窮しなければ変わらない。極点に達する途中で変化することはあり得ない。」 即ち「自然は飛躍しない」ということである。 「自然は飛躍しない」とは、冬から春を飛び越していきなり夏が来ることはないという意味である。 必ず冬が極まると春が訪れそして春が極まって夏になる。 これを自然科学の法則で「自然は飛躍しない」若しくは「自然は突然の変化はしない」と言う。 飛躍しないのは自然だけでなく、すべてである。 政治も経済も恋愛も健康もだ。 例えば、家電製品も新製品を出せばいきなり旧商品が売れなくなるのではなく、旧製品のピークを過ぎてから新製品が徐々に売れ始めるそうである。 即ち「新製品は飛躍せず」なのだ。 地球温暖化もテロ問題も、考えようによっては「極限にまで悪くなる」状態を迎えなければ真の解決は出来ないのであります。 だから、早期に完全に解決するには、ますます地球温暖化を加速させるべし。という考えも成り立つ訳である。もちろん大きな声では言えませんけどね。 そして、私はこの真理の正しさを禁煙において確信する。 「ラムズフェルドのルール」および「易」の考え方によれば、禁煙のもっとも確実な方法は「煙草を吸って吸って吸いまくれ。そうすれば煙草のもろもろの害が出て煙草を吸いたく無くなる。」という方法である。 これは確実な話だ。 確かに煙草を止めることに成功した人の多くは、経済的な理由よりも健康の理由が圧倒的に多い。 経済的な理由では、ある日また吸い始めることも多い。 「体が悪いので止むにやまれず止めた。」場合が圧倒的に多いよね。 これも「窮まれば変ず。変ずれば通ず。通ずれば久し。」の正しさの証明でありましょう。 だから人生の中で発生する色々な問題も、逃げずにとことんやれば、どこかで必ず運命の分岐点が訪れる筈である。 分岐点が訪れないのは、まだまだ徹底してない故に、あるいは精神が未熟な故に、あるいは、逃げ腰な故に、現象の発展に滞りが生じ、未だに極点に達していないからに違いない。 つまり「人生は一冊の問題集」であり、問題が解けないと次の問題に進めないのです。 パス出来ないのです。しかし解答できれば同じ問題は二度と発生しないのです。 つまり「運命は飛躍せず」なのだ。 真理は必ず、易でも科学でも同じ結果になる。 そして易を知れば、科学の解釈も深くなり、仮説が確信に変わりますね。 竹村先生。易って深いですね。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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うーむ(-_-)ゞ゛ウーム |
カラス 2008/07/08 23:33 |
エイジさん深いですね〜〜! |
ゆか 2008/07/09 18:05 |
野球で3割を打つバッターと2割9分を打つバッターでは、打率は1分しか変わらないですよね。 |
エイジ 2008/07/10 20:43 |
ありがとうございます。 |
エイジ 2008/07/10 20:59 |
エイジさん、素晴らしい記事ありがとうございます。勉強になりました。 |
似顔絵川柳 2008/09/12 07:41 |
似顔絵川柳さん。はじめまして。 |
エイジ 2008/09/12 22:11 |
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