BlueBloomBlog

アクセスカウンタ

zoom RSS 植物の断章

<<   作成日時 : 2008/04/12 01:21   >>

驚いた ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 38

世の中には不思議なことってあるものでね。

というのは、最近亡くなった親戚の80才位のおじいさんなんだけど、昔から体が弱くて、心筋梗塞から始まって、心不全、緑内症で失明して脳梗塞で半身不随チックなんですけどね。しかも真冬に食中毒を起こしたんですよ。
でも、いつも最悪な状態になっても絶対に死ななかったのね。

「あの人は本当に不思議だな」と友達や同僚から言われ続けたんだけど、言ってた仲間のほうがほとんど早く死んでしまった訳です。

ところが、今年の正月前に、彼の奥さんが立派な庭の南側にある大きな松を切ってしまったんですね。
その松なんですけど、樹齢何年って立派な松なんだけどね。
今にも枯れそうな松なんだけどなかなか枯れない松だったのね。
何を思ったかね。
おばあさん庭師に頼んで切ってしまったんですよ。

そしたらね。
おじいさん、いきなり衰弱して死んじゃったんですよね。

話だけ聞くと偶然みたいですが、これは偶然じゃなくて絶対につまり、じいさんと松は一心同体だった訳。



以前にBLOGした記事で、なぜ植物が薬草になるのか?という話なんですけどね。
この話はかなり凄い話なんだけど、あまりアクセスされてないのが残念ではあるけどね。
つまり植物の中には人間と同じ構造式のホルモンが流れているのですね。それはなぜか?というと植物って人間と同じように意識とかあるのですよ。

これに関連して植物の不思議な話をしようと思う。

たとえば、アオイマメは、葉を食い荒らす害虫の存在を感知すると、ラべンダーのようなハチ好みの香りを発して害虫の天敵であるスズメバチを呼びよせ、彼らに害虫を食べさせたり、卵(孵化すると害虫を殺す)を注入させたりして身を守る。
この防御作用は、トウモロコシ、クランベリー、インゲンマメなども、同様の防御反応を示すとのことである。[Guardian Unlimited | The Guardian | Plants give off the smell of fear]。イタリアのトリノ大学とドイツのマックスプランク化学生態学研究所の生物学者の報告。

つまり、綺麗な人妻が自分の美貌を利用し愛人によって夫を殺害するようなもんですね。

イチジクも自己防衛のためにユニークな行動をする。
「イチジクの花」には小さな穴があって、イチジクコバチはその穴から中に入り、卵を産みつけ、その代わり、受粉の手助けをする。
ところが、イチジクコバチの中には、まだ花粉の準備ができていないロリータな花の中に入って、卵を産む馬鹿者がいるのです。
イチジクは、こうした不埒な変質者に対しては、卵を産み付けられた花を早々と切り落とし、その子孫を全滅させるという報復を行うことが確認されている。

実際に、植物の葉は、害虫にかじられると、カルシウムイオンが細胞内に急激に流入して、膜電位が変化を起こすのですが、しかし興味深いことに、葉にナイフやハサミで機械的な損傷を与えた時には、害虫が葉をかじった時と同じ反応は起きないのです。
つまり、このことは、植物が害虫による損傷を、他の損傷から区別して知覚しているということを意味しているのです。
[Effects of Feeding Spodoptera littoralis on Lima Bean Leaves]。


植物には、記憶力まであるというのは良く知られた報告であるが、植物にポリグラフ(うそ発見器)を付けた実験によると、一度火を近づけて脅すと、植物は、その人物がマッチに火をつけようとしただけでも同じ反応を示すのは事実である。

また、依然テレビで見たのですが、2鉢の植物と6人の助手を使った実験では、ある助手が一つの鉢の植物を引っこ抜くと、目撃者のもう一つの鉢の植物は、その助手を目の前にした時だけ反応を示してました。

多くの人は、神経がない植物には、刺激を知覚したり、記憶したり、それらに基づいて反応したりする能力はないと考えている。
たしかに、植物には、神経も、中枢(脳と脊髄)もないのだから、植物が、刺激を知覚し、それに反応するという動物的行為を行うことはないと思っても無理はない。
しかし、植物の葉の細胞で起きている出来事は、動物の神経の細胞膜で起きる興奮の伝導と同じであり、専門的な神経はないものの、葉の細胞全体が神経と同じような役割を果たしながら、情報を伝達し、その結果、植物は、刺激に対して立派に反応することができるのです。

大場秀章(東京大学総合研究博物館教授)は次のように語っている。

現在少しずつわかってきたことは、植物には特定の感覚器官はないが、あらゆる部分が感覚器官になっていると考えざるを得ないということである。つまり、眼や耳、口という特定の感覚器官はないのだけれど、例えて言うなら、植物はあらゆる部分が目であり耳であり、口である。




いつだったでしょうか?
亡くなったおじいさんが元気だった頃、一束の花を手にして我が家に来たことがあった。
私はこの花が何かを思い出すことが出来ないのだけど、私の母親は大層この頂き物が嬉しかったようであった。
そして今でも、何気ない花束にはやさしさが満ちあふれていると幼い心に感じた記憶だけが鮮明なのです。
だから、僕は亡くなったおじいさんを思い出すとき、なぜか植物の事を思い出すのです。

ちなみに、僕の部屋には一目惚れで衝動買いしたパキラがあるのだけど、このパキラは妙に蛇っぽい。
たしかにネジレの植物は生命力が旺盛だし、蛇も生命力が旺盛である。
これも動物と植物の相似現象なのかもね。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 6
驚いた 驚いた 驚いた
面白い 面白い
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(38件)

内 容 ニックネーム/日時
人に食べられる時レタスはどんな反応をするのだろうと思っちゃいましたわ〜。
やっぱり他の命を頂いて生きている生き物の私たち・・・
感謝しながら生きていかなければ・・・。

先日誕生日でありがたくないことにまた1つ歳をとってしまいました。が母から宅急便が・・・
中を開けてみるとガラスの器にはいった水耕栽培の観葉植物でした。
いくつになっても母にとっては「娘」なんだとありがたく思いましたわ♪
サンタママ
2008/04/12 15:30
蕾の多い切り花をいけるとき、かわいいと思って大事に世話をするほうが
たくさん花開いてくれるような気がします。かわいい花を咲かせてね、とか
話しかけるといいようです。また、居間に飾る花よりもトイレや玄関の花
の方がハードワークなのか、持ちが良くない気がします。そう、気がします。
ゑひもする
2008/04/12 15:58
職場の先輩の話ですが
先輩の姑は、地域の霊能者に頻繁に相談事をする人だったそうで、ある時、少し前に亡くなった舅の件で、庭の大きな木を伐採したことを言い当てられ、そのことが舅の死と関係があると言われたそうな。
自宅を増改築するため、やむを得ず伐採したのだそうで、かなりのショックを受けていらっしゃいました。
霊能者はどーだかわかりませんが
なんとなく気になる話です。
我が家の庭にも、古い赤松があり、老木なので病気になり勢いがないことと、家から真南の位置にあって日陰をつくることから、母が植木屋を頼むたびに、「伐ってしまいたい」と申しますが、ワタシは参議院並みに断固阻止しております。
年に1.2度樹医さんに消毒・点滴をしてもらって細々生きながらえておるようです。
大きな木ではないのですが、なぁーんとなく大切なんです。
カラス
2008/04/12 19:58
植物は好きです。食べ物も植物を食べると私の体が喜ぶのがわかります。
植物はなんか妖しいというか、艶っぽいというか。
彼らが何を考えているか考えると、なんていうか楽しいですね。
夢が広がりました。おじいさまが無くなったことと、松伐採の因果関係。
もっと知りたいなぁ。
あやこまめ
2008/04/13 00:53
ひねくれ者のネジレも生命力に繋がりますか? (私の長所です >_< ! )
rie
2008/04/13 10:34
SFだったかなんだったか、人間は固体と液体からなる生物だが、固体のみからなる生物や液体のみからなる生物、液体と気体からなる生物、気体のみからなる生物がいても不思議はないと言う人がおりまして。
ただ、生活サイクルが違うから、相手側の意識をお互いに知覚しあえないという欠点があると。固体に近づくほどライフサイクルは長く、気体に近づくほどライフサイクルは短い。台風なんかもそんなものの一種だと。
成る程ねぇと思ったわけですが、これを非科学的と言い切れないのも事実。ましてや構成の近い植物なんですから、人間と相互に作用するような事があっても不思議はありませんよね。立証は難しいでしょうけど。
rikky
2008/04/14 12:07
人に食べられる時レタスはどんな反応をするのだろうという疑問に対してですが、霊的な見方をすれば、肉体的にはサンタママがレタスを食っているのですが霊的にはサンタママはレタスに食われているのですよ。
だから肉を食えば、霊的に肉に同化するつーことですね。>サンタママさん
エイジ
2008/04/14 18:43
そうなんですよね。
お花の好きな人はみんなそう言われます。
植物と話ができるのはあたりまえの話という人もいますよね。
あと、植物と相性の悪い人もいて、その人の周りに置くと植物が枯れるんですよね。不思議です>ゑひもするさん
エイジ
2008/04/14 18:46
かなさん。それは賢明な考えですよ。
なんとなく、いやぁーな気分というのは良くないのですよ。
人は土地に住み、家に住みますから、土地や家の波動を受けないわけがないです。
特に松などの陽木はめったなことで切らないほうがよろしいです。
枯れるなら仕方がないですけどね>かなさん
エイジ
2008/04/14 18:49
それでは特別に松伐採の因果関係について陰陽師エイジ的に解釈しましょう。
まず。おじいさんの生まれが午年生まれという点です。
午は南を意味する意味がありまして、家相では、丑寅の表鬼門、未申の裏鬼門そして生まれ年の方位が鬼門とされます。
したがって通常いい門構えである南門は午年生まれの人にとっては鬼門なんですね。しかし、その自分の方位にあった陽気の木である松がおじいさんのエネルギーの消失を阻止しておったわけです。>あやこまめさん<したがってただの南の松というだけではなかったのですね。
必ず、自分と関係があるものは自分の波動に近いものです。
エイジ
2008/04/14 18:55
昔から言うじゃないですか?rieさん。
ひねくれものは世にのさばるってね。
悪い奴や個性的な人は、やはり生命力が強いんじゃないでしょうか?>rieさん
エイジ
2008/04/14 18:58
なるほどね〜。
ものごっつ納得できます。
ちなみに、私は真剣に思うのですけど、海中に魚がいるように空の中にも生命がうようよしてると考えています。
したがってUFOですけど、あれって生き物なんですよ。
だからあんなふうに飛ぶんですよ>rikkyさん
エイジ
2008/04/14 19:01
イチジクと虫のお話。分かりやすく擬人化してお話し下さったのはありがたいです。でも、ごめんなさい。性癖とか、報復とか、人間的なねちっこさを自然界に当てはめるのにはちょっと違和感を覚えました。単純に、虫は、行動の時期がずれちゃっただけだし、イチジクは、もう使えなくなったので代謝しただけで、結果、間違ってバランスを崩す虫は淘汰の方へ向かった、という風に見たいです。虫にもイチジクにも悪気があるとは思えないので、表現にしてもちょっとかわいそうに思いました。主旨には関係ないのですが。。。
こんなふうに虫さんやイチジクさんを擁護する私は、、じゃまっけですか?
ゑひもする
2008/04/15 08:27
毎日愚痴ばかりきかせるとサボテンも枯れるそうです。
不平不満、愚痴、悪口ばかり言う人と一緒にいるとエネルギーが
吸い取られるのか、どっと疲れるのと似てるように思います。
ゑひもする
2008/04/15 08:32
なんだか不思議なお話で興味深く読ませて頂きました。
うちの実家にも柿の木があるのですが、切ったんですよ。
そしたら親戚や家族の中で体の不具合がある人が続出して、
罰が当たったんだとおばあちゃんが言っていました。
そういうことって、本当にあるのかもねぇ。
NORI
2008/04/15 12:46
きっと、ゑひもするさんの言われるとおりでありましょう。
しかしながらイチジクがもう使えなくなったから代謝しただけという点は、おそらく微妙に違うかも知れません。
というのは、もちろん虫には悪気はないのは確かでありますが、イチジクはその後の不都合を察して虫の幼虫が育たぬようにしていると考えるほうが妥当のようです。もともと虫はイチジクには不要なんですからね。
もちろん。
虫さんやイチジクさんを擁護するゑひもするさんはじゃまっけなわけありませんよ。>ゑひもするさん
エイジ
2008/04/15 19:27
NORIさん。おひさしぶりです。
NORIさんも経験ありますか?
特に木の伐採の場合、偶然とは思えないような事例が多いです。
でも、そんなの当たり前ですよね。
だって人間だって植物だって同じ土地に共存してるのですからね。

人間が住めない土地には植物も育たないものです。>NORIさん
エイジ
2008/04/15 19:31
毎日ウチの植物たちには挨拶をします。
彼等の生命力には感動すら覚えます。

そう言えば僕の会社の机の隣に置いてあるサンセベリア、
社長の愚痴ばかり聞かされているのに何故かよく育つ(笑)。
辞める時には持って帰ろうか検討中(悩)。
しまじろう
2008/04/15 22:19
こんばんは〜^^
観葉植物は話しかけながらお水あげた方がいいって聞いたことある〜
あと、田舎のおばあちゃんが死んだ次の年、
おばあちゃんが大事にしてた柿の木に柿が一つもならなかったって思い出した…
同居してた意地悪長男家族に食わせまいとしてるんだと
親戚中が噂してたな〜…
これも関係あるのかな〜^^;
でも、なんか怖いなぁ〜…
庭に切りたい木があるんだけど、切れなくなった〜><
キキ
2008/04/16 00:30
自宅の大木を切る時は御払いをしてもらってました
家の北側にある松の木が枯れかけているんですが…
どうしましょ
鬼門が気になります(*_*)/
yum
2008/04/16 17:43
いかにもしまじろうさんらしいエピソードです。
毎朝、植物に挨拶してそうですもんね。
ちなみに私も挨拶してますけどね。
僕なら、サンセベリア貰い手がいたら置き土産にしますけどね>しまじろうさん
エイジ
2008/04/16 18:38
こんばんわ。キキさん。
柿の話。いい話ですね。
同居してた意地悪長男家族に食わせまいとしてるんだとね。
さもありなんでしょう。
植物もペットみたいなもんですね。>キキさん
こうしていろんな事例を聞きますとますます植物が愛しくなってきますね。
エイジ
2008/04/16 18:41
家の北側にある松は守護松と言われます。
えーとですね。
枯れるまで切らないほうがいいでしょうね。
一般的に北西や北の大木を切ると家の主人に災いがあるといいますね>yumさん
エイジ
2008/04/16 18:44
今晩は〜
守護松なんだぁ
大切にしなければいけない松だったんですね(>_<)
植木職人の方が『もうスカスカになってる』と言ってましたが何とか救出できると良いな(T_T)
お庭は意味があってその方角に植木をするんですよね
前からそういう事が気になってたので調べてみようと思いました
yum
2008/04/17 00:30
ありがとう。ほんとに物知り。
ゑひもする
2008/04/17 07:46
そうなんですよね。
お庭は意味があってその方角に植木をするんです。
だけど、大事なのは方位よりも、植える木の種類ですね。
そして、家のある地形によって庭の種類も変わりますのよ。
たとえば、水の多い地では石庭にするのが良いとかね。>yumさん<いろいろあるんですよね。

物知りのようですが、実は非常に知識が偏ってますのよ。
こーいう変な範疇はかなり詳しいと自負してます。>ゑひもするさん
エイジ
2008/04/18 00:32
変な範疇になると思うことで訊きたいのですが‥。
養鶏家は鶏か卵っぽい顔、養豚家は豚っぽい顔、(容姿というべきか)
牛っぽい、ウズラっぽい、馬っぽいなどと見えるのですが、どうしてでしょう?お米農家はお米っぽいとかは気にしたことないですが、スイカっぽい、リンゴっぽい、玉ねぎっぽい、芋っぽいとか、魚、貝、海藻っぽい、複合型とかもあったりして?ペットとオーナーが似てるのは、最初に人が見慣れたもので安心したいために似たものを選ぶことが多いから、とはテレビでみた心理学者さん。誰に聞いても変なこと気にしすぎと笑われてしまう疑問で。。すんません。
ゑひもする
2008/04/18 15:36
いい言葉がありました。
「乞うに従え」 
(京の庭師の教訓)
ゑひもする
2008/04/18 16:00
まったくそうですね。
養鶏家は鶏か卵っぽい顔、養豚家は豚っぽい顔です。
いやーまったくそのとおりです。
この問題を考える上で、特に養鶏家と養豚家は言えますが、牛はあまり似ていないという点があげられる。
牛は人間の顔に似てますし人間に近いです。
つまり波動が共鳴すると思います。
ペットが飼い主の顔に似るのは似てるペットを飼うからだと言われますが、あれは実際に似てきますよね。やはり共鳴ではないでしょうか?>ゑひもするさん<乞うに従えってどういう意味ですか?
エイジ
2008/04/20 23:17
あら、ごめんなさい‥。
乞うに、、は、陰陽師的お庭の説明を受けて思い出した言葉でした。和の庭造り(枯山水も含む)の訓なので、私の説明では浅はかという前提で書きます。自然にならえ、風をよめ、逆らうな、調和しろ、無我になれ、天を敬え、その様なことかと思います。あなたの方がよくご存じでしょう。

牛はやはり人と近いんですか。高速のパーキングなどでドナドナ・トラックによく出くわすのですが、悲しくて苦しい気持ちになって見つめると、牛にわかってしまうみたいで、出してよ助けてよ!と言わんばかりに暴れだしてしまうと知ってからは、長旅おつかれね、もうちょっとだよ。大丈夫だよ怖くないよ、と、嘘だけど、霊的には真実だと信じてテレパシー(?)でなだめるようにしています‥。じっと見つめ返してくれて、一時は安心してくれるような気が。私にとっては牛を食べるのは共食い、嫌がる友を食べるのは悲しい、なんていうのは変なんですよね?際モノのつもりもないんですが‥。原爆の実験映像なども、ガイアになんてことを!と胸が痛くて仕方が無くなります。
ああ、吐露しちゃいました。
ゑひもする
2008/04/22 13:57
昔、高野山に行ったときに、金剛峰寺の街で馬車があったんですけどね。
その馬車を引っ張る馬が、どうみても前世で人間だったような気がしてならなかったんですよ。
もしくは、高野山で馬車の仕事が出来ることに喜んでいるような気がしてならなかったんですよね。
こういうことって本当にあって、非常に不思議で、こんな経験をする度に。私は霊魂の存在を疑うことなく信じるようになるのです。>ゑひもするさん
エイジ
2008/04/23 01:07
誰もかれも、何もかも、どんなことも、不思議でないモノがひとつもないという摩訶不思議、それを思うと安心できるもまた不思議、ですよね (^^)
ゑひもする
2008/04/23 12:59
実際に人間は自分が物質以外の何物でもないと考える事ほど、耐え難い不幸を感じる者なんです。
悪魔と言うのは、人間に「お前は物質に過ぎない」と言う者でありますよ。>ゑひもするさん
エイジ
2008/04/24 23:43
今年になって、庭の北側にある大きな欅や大きなもくの木そして柿、棕櫚の木などを切りました。 大きな大木を切ってしまうのは嫌でしたが、私はどうにも出来ないのでただ見ていました。それから兄の結婚が決まり急いで新居を建てないといけないということで、離れを壊し、そして今日また二本の大木が伐採されました。 この二本の木は北側にあり、少なくとも70年ぐらいたった太くて大きな欅でした。 兄は厄年中、そして父も天中殺中です。 この後悪いことが起きなければと思っているのは、私だけのようです。 大丈夫かな〜。
ピノ
2008/09/24 22:23
おおおっ
不謹慎ですけど、科学者の私としては
ぜひ、事後の経過報告を教えて頂きたいです。

予想するに、
北という意味は「父」を指しますゆえ。
5年以内に、やはりお父上とお兄さまに何かしらの災難が発生するかも知れませんが、大きな災難も小さく出来ます。
その為には、謙虚になってお祓いをすることです。
高慢は自然がもっとも忌み嫌うことです。
謙虚になって人間も自然の一部であり、伐採も仕方がないのだから許してくださいっていう気持ちがあれば心配は要りません>ピノさん
エイジ
2008/09/25 01:28
ああああ
しかも天中殺ってことは、子丑中殺ではないか!
子年は北を示します。
かなり危険度100%かも?
お祓いしなはれ
エイジ
2008/09/25 01:34
庭にある木が、その家に住む人に影響を与えるのは
風水ではよく言われることですね。

父が若い頃
実家の裏庭(南西)にキョウチクトウの木が何本もあったのですが
家の普請の為に切り倒されたのだそう。

切るにしても、その木に断りでもいれるか でもすれば良いものを、、、
と父の姉が不安がったそう。

ほら、南西の桃は吉ですけど、その凶作用だと主婦や娘に出ますよね。
その翌週にはその姉の足が原因不明の痛みで歩行困難に。

拝み屋に聞きに行くと、切った庭木の報復とご託宣

偶然なのかもしれないけど、
あるんですよ 何かの関連がね。


ららあ
2011/06/27 16:27
庭木と住人の運命の影響は必ず有ります。
よく庭木があると伸びるから嫌だといって伐採したりするのも良くないですね。
自然の中で共生してゆくのは、手間ですけど、
運命のためには重要なことのようです。>ららあさん。
エイジ
2011/07/09 09:11

コメントする help

ニックネーム
本 文
植物の断章 BlueBloomBlog/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる