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zoom RSS お金は執着の象徴なのか?

<<   作成日時 : 2007/11/24 14:09   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 17 / トラックバック 0 / コメント 9

イチローが非常に道具を大事にするということは有名であるが、イチローによれば「道具は僕の戦友であるから手入れを欠かさない」ということである。

イチローだけでなく、一流の選手で道具を粗末に扱う人はいない。
それは「道具」が自分を助けてくれるという期待感から大事に扱うのではない。
一言でいうのならば「道具に対する感謝」であろうと思う。

たとえば、野球選手であるイチローのバットであるが、イチローが何本ヒットを打っても褒められるのはイチローであり、バットは折れたら廃棄される。
バットが無ければ、イチローもヒットを打てないのであるけれどもバットには誰もお金をくれたり、うまい酒を飲ませてくれることもない。

バットはイチローの名誉の為に、無償の行為をしているのである。
だからイチローは感謝を込めて毎日の道具の手入れを欠かさないのである。

この話と逆の考え方で引用されるのは、「弘法筆を選ばず」といわれる格言である。
すなわち、「字の上手い空海は筆(道具)の良い悪いを問題にしない。」という意味である。

しかし、これを達人は道具を大事にしないと考えるのは大きな間違いであります。
空海の文字を見た人なら判ると思うけれども、空海は筆によって字体を変えることの天才である。
すなわち空海は「筆を選ばず」ではなくて「筆を生かす」ゆえに達筆なのであろう。
空海の文字は筆を離れて無く、筆がなければ空海の文字もない。
しかし、空海が無ければ筆も無い。
いわば、空海と筆とは色即是空であり金胎不二なのである。


さて、世の中でもっとも大きな働きをしている道具はなんであるか?と考えるに、私はお金だと思う。
世の中でもっとも人気のある道具はなにか?と考えるに、やはりお金であろう。

しかしながら、これ程の「人気のある道具」なのに最も大事されていない道具もお金が最高であろう。
私の財布の中を見ると、10円玉があるが、垢にまみれているし、頬擦りされることもないし、キスをしてくれる人もいない。
しかし無言で人から人へ、仇や奴隷のように交換されているのがお金である。

まして某宗教の教祖様は「お金は執着の象徴だからお金をたくさん出せば救われる」などというようにお金は悪魔のような扱いである。
「お賽銭は執着やエゴを投げ出す行為である」と言い放つ有名な僧もいます。

お金を汚いもの、執着の象徴とすればするほど、儲かるのは宗教であります。
これは非常な誤謬であり、私たちが早く気づかねばならないことがある。
それは、お金を「タブー視」すること、「執着」と考えることによって、貧困が生まれ、争いや不正が起き、悪い奴等に利用されるという原理である。

「いや、私はお金を大切にしてるぞ」という方もいると思うが、はたして本当に大切にされているであろうか?

たとえば、テーラーメイドの1本10万円のゴルフクラブは毎日磨くであろうし、1000万円のトヨタのレクサスなら高級なワックスを掛けるであろうが、レクサスと等価で交換されるお金にはワックスも掛けてもらえないのである。

しかし、大切に扱われないのに関わらず、お金を巡って殺人が行われたり戦争が起きたりするのである。
思えば不思議である。

この理由は、「お金がタブー視される理由」によって生じたと私は仮説する。
お金がタブー視されるようになった根本的なことは、「お金が実際に腹を膨らせてくれる訳でない」という理由によると思われる。
いわばお金は「偶像」でありお金を崇拝することは「偶像崇拝」であるから、お金に対し潜在的な「嫌らしさ」を感じることも出来る。

しかしながら、お金という「偶像」を求めて実際に争いが起きるのは、世の中は「金銭万能」でありお金の力が強大であるという矛盾があるからであろう。

この偶像が実質的な力を持つという矛盾が、お金をタブー視するようになった原因であろう。
同じ道具である筆やレクサスは、存在が明確でしかも存在に矛盾が無いゆえにタブー視されないのである。

お金以外にタブー視されるものとしてセックスがある。
これも「生殖」と「快楽」という二面性があるゆえの矛盾によってタブー視されるのである。
しかもお金もセックスも人間にとって非常に強力な力を持つゆえに、取り扱いに注意しないと、争いが起き、堕落が起きるという経験から、両者は「汚いもの」あるいは「低俗なもの」として扱われているのであろう。

問題は「タブー視されるもの」によって人間は簡単にマインドコントロールされたり逆に執着が生じるということであり、もしかしたら、金を「タブー視」されるものとして扱うことによって人間を逆に金に執着させ、金によってコントロールしようという大金持ちの陰謀とも考えられる。

よって、世の金銭にまつわる諸々の争いや不正、及び貧困の原因は、お金を「タブー視」することではなかろうかと私は考えるのである。

10円玉には何の罪も無い。
実際に垢にまみれて人類の為に働いているのはお金である。
お金はイチローのバットであり、松井のバットなのだ。
否、黄金バットだ。(たぶん誰も知らんと思うが)

世界中の人々がお金の恩恵を受けているのに、誰にもやさしい言葉もかけてもらえないし崇拝もされない。お金を祭った本尊もないし、お金にお賽銭を投げる人もいない。
そんなお金は十字架に架けられたイエスであり、人類救済の為に天に還らず、自ら地獄に落ちた地蔵菩薩である。

だから私たちは10円玉の垢を水で洗わねばならないし、お金に頬摺りしなければならないし、お金にキスをしなければならないのである。
お金を大事にする風潮は、お金をタブー視しない故に、お金による犯罪や不正や貧困を無くすであろう。

10円玉を実際に水で洗う行為は、お賽銭で使うよりも己の執着がとれる方法であり、お金に対する正しい付き合い方である。
どん欲な坊主に騙されてはならぬ。
お金は執着の象徴と思う心が汚いのだよ。


お金が執着の象徴とされた理由は、10年玉の垢を放置する高慢さによって生じたというお話でした。

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内 容 ニックネーム/日時
お寒うございます。
物々交換の限界から、物と物とを結ぶ媒体として貨幣経済が生まれ、その意義は時代と共に多種多様化しています。
お金が欲しいというその背景・行き着くところは、何かしらの物欲が存在するものであり、現金や通帳に記載される金額の大きさに喜びを感じることがあっても、『お金』自体が道具として活きるわけではないということが、善悪如何様にも動く化け物にもなるんですなぁ。
その部分がタブー視される所以でしょう。
『お金』を生むための『お金』も存在しますが、そのもの自体は、紙であり金属でありますし、山ほどバックに詰めてあっても、何かと交換されなければ何の役にも立たないわけです。
人は『食欲』『性欲』『物欲』を生きるエネルギーにしております故、その迫間を潤滑油のごとく巡る『お金』の浄化を心掛けていかねばならんという。。。。。ことでしょうか?
カラス
2007/11/24 18:06
おはようございます。
このイチローの話を聞いてから電卓は必ずケースに入れてます。
また、松下幸之助氏がお金を財布に入れる時に
天地を合わせて入れていた話を聞いて実践しています。
まだこれらの効果は表れていませんが…(^_^;)。
もっとも、今すぐ結果は求めてもいませんけどね。
お金は時には目的であり、またある時は経由手段ですが、
それもまた大事に扱うと言う気持ち。
物に対する信仰心とも言うでしょうか。
それがとても大切なことなんだと思います。
最近、ウチの近所の某企業が
その感謝を忘れてあれなんですが(ーー゛)。
真摯に反省し、出直してもらいたいものです。



しまじろう
2007/11/25 05:27
早くも12月ですね。
師走だなぁー

そうです。
エネルギーなんです。
だからお金を崇拝しましょうということが言いたいわけです。
お金を実際に洗うという行為と心根によってお金持ちになれるということが言いたいのです。
自分でも言いたいことがあっちこっちに混乱してますな。>かなさん


お札を揃えるだけでは駄目です。
たぶんお金に実際にキスできる位お金を好きになる必要があります。
お金も山も川も同じ自然のエネルギーだと考えるのであれば、決してお金より自分が偉いなんてこれぽっちも思わないことだと思われます。
そして、この謙虚さこそ、お金を自由に扱う極意であると、呪術師のドンファンも申しております>しまじろうさん
エイジ
2007/11/25 20:50
ホントに!物に罪はないと思います。道具は使い方ですよね!パソコンを使えないチョット単純短気で頭の固いウチの親は、ネット犯罪のニュースや、ちょっと古いですがホリエモンさんなどの悪い一部分だけを持ち出して、パソコンや携帯電話を極悪で要らないものだと毛嫌いしています。(笑) 世の中にあるものがどう見えるかで、ものの理解度と、自分の心のありようまでもが分かってしまうのですね。心の写し鏡とはよく言いましたよね!ひとつひとつ気を付けようと改めて思いました。また、今度宝くじを買うときはもっと楽しい気持ちになれそうです♪
ありがとうございました (^^)
ゑひもする
2007/11/26 17:36
そこなんですよ。
物に罪はないということ主張したいのです。
そして物質をタブー視することによって、人間社会はますます物質至上主義になるというパラドックスです。

物質もエネルギーの一種であると考えて暮らしたいと思うのでありますね>ゑひもするさん
エイジ
2007/11/26 18:21
♪あーる時は、正義の味方、またある時は、悪魔の手先〜
まさに、お金って使う人の心構えによって変わってくるものであります。

スターウォーズ・サーガのフォースにも似たお金、せめて使うときは
愛情と任侠をもって使いたいものです。

うちのお母んは、お金が財布から出てゆく時、いつも心で
「ちょっと遊んでおいで、帰ってくるときは友達も
つれといで〜」といって手放します。実際に
数ヶ月かけて友達連れてかえってきたケースも
あったとか(控えてたお札の番号でわかったんだと)。

どーまる
2007/11/27 01:15
そうなると、肉体も精神も霊魂にとって大切な道具と言えないでしょうか。感謝し大切に整えて、正しく善く使う。両極端に溺れない適当で絶妙なバランス感覚で。道具にとって善き主人となること。 自分自身が、からだとこころ、延いては世界の、健康、明朗明快、調和をつくる。(その逆も、どんな状況も。全てのカギは夫々の中に。)ただし、「正しく善く」が確かなものでなければならない。。エイジさんも、動かぬ確かな「正しく善く」をもとめていらっしゃるんですね?
ああ!エイジさん!ありがとうございます。あなたのおかげでひとつ霧が晴れました。死ぬまで迷いながら求め続けようと思います。  (温度差があったらすみません。。)

砂のお城に〜♪眠っているのか〜♪涙のプリンセス♪(清志郎)
ゑひもする
2007/11/27 18:43
それってキューティーハニーですか?

使ったお金が戻ってくるとは奇跡に近いです。
というか私はその話を読んで感慨に耽りました。
やはり、お金も縁なんですね。>どーまる様

ゑひもさんは清四郎ですか!

私も動かない真理を求めています。
その研究を徐々に発表していきたいと思っております。
そのうち龍とか天狗とかの話も出てくると思います>ゑひもするさん
エイジ
2007/11/29 00:41
お金は執着の象徴と思う心が汚い とはもはや人間の発する言葉ではありません。
理解できる人が何人いるか判りませんが、アナタの理論は格が違います。
大黒
2008/06/15 11:45

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