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最近はオーラという言葉が一般的な認知を得ているような気がするが、本当にオーラってあるのか?は見える人しか実際は判らない。 以下は私の独断と偏見のオーラ論である。 私のようにオーラが見えない人でも、おそらく誰でも経験があるのが「気配」であろうと思う。 たとえば、私の場合は、自分が「イライラ」していると、話している人も「イライラ」してくるような気がする。 また、「怒ってる」人からは、「近寄ってはいけない気配」を感じるので、あまり近寄らない。 この気配を「オーラ」とか「波動」とか表現している場合が多いが、私が考えるに「オーラ」は「波動」の運動をしていると思う。 「オーラは波動エネルギーである」という根拠には、「オーラには色がある」ということでも判る。 神智学者のルドルフ・シュナイダーという人が「オーラ論」という論文でオーラの色で人間の感情や気質が判るらしく、たとえば: 赤: 頑固で情熱的、理想家、短気 オレンジ: 庶民的、おっちょこちょい 黄色: ひょうきん、ほがらか 緑: 無欲な平和主義者 青: 冷静、現実主義 紫: 情愛が深い 金: 最も崇高な色、英知、リーダー気質 銀: 古風、地味 らしいが、そもそも色というのは、波長で決まる。 故に、オーラは人間によって固定してるのではなくて、感情や思考によって変化すると考えるのが妥当であると思う。 波長が長ければ赤い色に見えるし、波長が短ければ紫になる。 大体赤なら610〜780nm、黄色なら570nm〜590nm、青なら430nm〜460nmという具合です。人が目で見ることのできる光、いわゆる可視光と呼ばれるものは約380nm〜780nmの波長でありその波長によって決まった色を見ることができる。 光は電磁波の一種で、波の性質を持っている。 したがって、「オーラの色」はその人の発する電磁波によって変化するものであり、感情という波動によってオーラの色が変わると考えれられる訳である。 確かにイエスや仏陀のオーラは黄金であるといわれるが、イエスや仏陀の感情の動きが黄金波動と同じなのでオーラが黄金なのであると思われる。 釈迦は偶像として存在するから仏なのではなく、仏として働いているから仏なのであり、オーラが黄金なのはその働きの証明でもある。 怒っている人は、たぶん赤いオーラを出していると考えられる。 だから怒っている人の近くにいると波長が同調して自分も腹が立ってくるのであろう。 それは釈迦でも同じであろう。したがって釈迦でも、怒れば黄金から赤いオーラに変わる。 釈迦は凡夫のように怒らないし、怒っている人の波動と同調しないゆえにオーラを黄金に維持してるわけである。 ところで、ある社長さんが経営論で「在庫が悪いのは在庫が悪い波動を発しているからである。」という話をされていました。 一般的に在庫は悪いと言われるが、その理由は「死に金」であるとか「金利の無駄」とかいわれるが実際はあまりピンとこない。 なぜなら、「いつか売れるんだからちょっとはいいでしょう?気にするのは決算のときぐらいでいいじゃないの?」と考える。 しかし、この社長さんによれば、売れる商品は良い波動を発しているのでますます売れるが、売れない商品は流れない水とおなじで腐ってくるそうである。商品が腐ってくると他の商品まで腐ってくるそうで、在庫は少しでも貯めるべきでないそうだ。 神道の祝詞である「極めて汚きことも流れれば清くなる」と同じ発想である。 経営科学と宗教を融合させた見事な在庫論であると思うので紹介しておく。 さて、オーラという概念を、最初に世に問い認められたのは、美術の世界のW・ベンヤミンという学者であろう。 「複製技術時代における芸術作品」(1936)という論文の中で一躍有名になった概念が「オーラ」である。 W・ベンヤミンによれば「本物と偽物の差」は「本物だけが持つオーラの差」であるという。偽物はオーラが無いという。 ちなみにW・ベンヤミンは「オーラ」とはいわず「アウラ:aura」と表現しているので検索では「アウラ」しかヒットしません。 ベンヤミンのいう「アウラ」とは、オリジナルの絵画だけが持つ神秘性とか力という意味である。 これは凄い話で、たとえば「モナリザ」の絵は本物しかアウラが出ておらず、いくら精密なコピーや精密な写真でも「モナリザ」が持っているアウラはコピー出来ないということである。 更にベンヤミンによれば、写真やコピーが大量に出回ると、本物を見たときにアウラを感じにくくなるという。 これによって美術絵画が芸術品から展示品に変質していくと予言したが実際に写真技術が発達し、そのとおりになっている。 やはり絵画は、写真や画集ではなくて、実物を見なくては価値が無いわけである。 それは絵画の魅力が構図や色彩だけでなく、オリジナルの作品だけが持つ「アウラ」という波動という力があるからである。 ちなみに大橋巨泉が「芸能人はあまりテレビや雑誌に写真が出るとオーラが無くなる。」といっていたが、よく考えてみたら、これって「ベンヤミン理論」であるな。 ところで、自然の波長とくに自然音はどんな波長だと思うであろう? たとえば、小川のせせらぎの音、雨音、虫の声、鳥の声、風の音である。 この自然音の波長は、かの有名な「1/f ゆらぎ」である。 この波長は、規則正しさの中に揺らぎがあることが特徴である。 具体的には人の心拍の間隔や、ろうそくの炎の揺れ方、電車の揺れ、木漏れ日、蛍の光り方である。 まだまだ研究途上であるが、いわゆる自然音であり、人間にとって非常に心地よい「音」であり波長であるといわれている。 音楽療法という分野があり、ある音によって脳波をアルファ波に誘導し、免疫系をも高め、心身を調和させる療法であるが、この療法において一番有効なのは自然音であるらしい。 参考に紹介すると、 ・躁状態・パニック障害の人→海の波の音 ・鬱状態・自律神経失調症の人→鳥や虫の声 ・対人恐怖症→風の音 ・不眠症→ホワイトノイズ(周波数の合わないシャーというラジオの音) だそうだ。 私たちの周りには多くの波動が氾濫してるわけで、その中には特定の臓器に影響を与える波動もあるであろう。 病は気からとか、病の多くの原因はストレスによる身体のアンバランスだとかいわれるが、それを具体的に考えれば波動の影響といえるのではなかろうか? その中で、よい波動を常に維持してゆくのは非常に困難であろうが、それを獲得し維持する方法論がたとえば、ヨガであったり気功であったりするのであろう。 以上、散文的でかつまとまりの無いオーラ論であるが、オーラとはもともとこういうもんである。 「1/f ゆらぎ」的オーラ論だと思って欲しい。 かくいう私も最近、風の音に癒される。 人に疲れているのであろうか? |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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巨泉師匠、ナイスコメント。 |
どーまる 2007/09/17 12:43 |
波動エネルギーとかオーラとか非常に興味があるのですが、そんな話をしているといつまに周りの人たちがオカルトチックな集団だったりして困惑したことがあります。 |
ともP URL 2007/09/18 16:07 |
一時期流行りましたね〜。扇風機の風のリズムとか・・・。 |
サンタママ 2007/09/18 16:17 |
訂正。ショパンのファンの皆様、ごめんなさい。 |
どーまる 2007/09/18 17:19 |
確かに、音楽もコピーされるとオーラが無くなるというのは確かにありますね。 |
エイジ 2007/09/18 18:33 |
私も波動の話を聞いていると、論理の飛躍とオカルトな点まで飛んでいってしまう点が、逆に世の多くの人に受け入れられなくなり、いわゆる理系もどきの評論家から攻撃される原因だと思います。 |
エイジ 2007/09/18 18:44 |
ぶっちゃげ、扇風機のマイナスイオンにしてもファジーにしてもあまり効果がありません。しかし、嘘かというとそうでもないのであります。 |
エイジ 2007/09/18 18:50 |
えっ、オーラ? |
ruri 2007/09/19 11:54 |
訳のわからんダジャレを言ってるのは誰じゃ〜。 |
エイジ 2007/09/19 18:21 |
オーラと同じかわかりませんが、「気品」というものも感じさせる人が身近にいます。お付き合いしてみると確かにありました、気品(ママ友ですよ)。カッコとか持ち物は普通なんですよ。そんな内面から「品」を感じさせる人になりたいなぁ〜と思います。 |
スー 2007/09/26 00:42 |
ひさひさです(*- -)(*_ _)〃 |
ばぁ 2007/09/26 10:46 |
その気品というのは、やはり波動でしょうね。 |
エイジ 2007/09/26 18:46 |
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