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zoom RSS 災難に逢う時節には逢うがよろしかろう 

<<   作成日時 : 2007/08/01 00:07   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 7

年金問題や地震の不安。
まさに私たちの生活は不安がいっぱいであります。
苦痛には限度があるが、不安には限度がない。

災難から逃れる方法というものがあるだろうか?
たとえば地震から逃れる方法を考えてみれば、方法は「地震のない国に引っ越す」しかあるまい。
しかし地震の絶対ない国なんて保障はできない。
よって次のように考える「地震に絶対に倒れない家に住む」
しかし、実際に地震が発生したときにその家にいるか?保障はできない。

そこでよく考えてみれば、私たちが望むのは「地震の災難に遭わない方法」というのは実は「地震の恐怖から逃れる方法」ではないかということである。

良寛の言葉に
「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候。」というのがあるが、地震の災難から逃れるには、「地震が来たら地震に遭うで良し」という境地が災難に負けない妙法であると良寛はいう。

確かに災難から逃げると考える時点で災難からは永遠に逃げられないのである。
なぜなら、災難のほうが己よりも優位に立っているからである。
逃げるのはいつも弱者である。強い者は弱い者からは逃げない。


もう一例をあげて考えてみよう。
例えば、絶対に蚊に刺されないようにするにはどうすればよいだろうか。
蚊取り線香をたいたり、虫よけスプレーをまくか?蚊を絶滅させるしかない。

しかし、蚊取り線香をたいたり、虫よけスプレーをまくことで蚊に刺されないかというと完璧ではない。しかも蚊にさされる恐怖は残る。
では蚊を絶滅させるしかないがそれは不可能である。

では蚊に絶対に刺されない方法が無いか?というと「方法はある」と良寛はいう。

その方法とは、「蚊に腕を差し出す」ことである。
絶対に蚊に刺されないようにするには、こちらから腕や足を差し出し、蚊に刺させてやればよい。
刺されまいとするから、蚊に刺されるという被害に遭うのであって、そうした煩悩を捨てれば、被害に遭わなくてすむ。

まことにトンチのような方法であるが、この方法こそ仏教の根本思想ではないかと考える。

仏教において涅槃の境地とは、「呪縛からの自由」ではないであろうか?

たとえば、私たちの人生は苦に満ちていて、そして私たちは苦から逃れたいと思っている。
苦は欲望が満たされない時に生じるのだから、苦を完全に滅却するためには欲望を完全に満たせば良いという考えもある。

しかし欲望には限度がないから、欲望を完全に満たすことは不可能である。
金持ちになれば、もっと金が欲しくなるし、贅沢をすれば貧乏にならないかと不安妄想になる。

欲望とは無限に広がるゆえに苦の原因も無限に増大する。
したがって、苦から完全に自由になるには、苦の原因である「欲望の成就を自在にする」のではなくて「欲望からの自由」を獲得するべきであると仏教は教える。
なぜなら、「欲望のための自由」は「欲望からの不自由」を産み出すからである。


では欲望からの自由とは如何なるものであろうか?

恐らくそれは、「食べたいものを食べたいだけ食べたい」ではあるまい。
しかし、「食べたいものが無い」でもない。
まして「食べられなくなったらどうしよう」でもない。


私が考えるに、真の自由は「食べられなくても困らない」でなかろうか?

もちろん食べられなければ、お腹が空く、だけど困らない。
蚊に刺されれば痒い、痒いけれども困らない。
年金が無ければ生活が苦しい、だけど困らない。困ったと悩まない。

風車に戦いを挑むドンキホーテのように、
「お前が怖れていることをしろ。そうすれば、恐怖は確実に死滅する。」のである。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
まさに究極の・・・と言う感じですね。
まだまだ恐怖や欲望がいっぱいの凡人の私ですが地震や天災は「来るときゃ来る」と思っています。(色々考えるのがメンドクサイ)
サンタママ
2007/08/02 07:22
やっと地震が来たときの「非常持ち出し」と「水・乾パン」を車庫に移し、寝袋の確認もした私です。地震からは逃げられないのでまあ最低限のことだけはと思っていますが・・・。
我が家の周辺は「雷銀座」といわれるほど毎年、落雷の被害にあってます。ご近所で遭ってないのはわが家ともう1軒だけ、雷が鳴り出すと恐怖に慄いています(涙)。
レセママ
2007/08/02 09:41
新潟方面に居住していたことがあるだけに良寛の名前が出てくると、ちょっと親近感が湧きます。
ただ、「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候」と口で言うのは易いですが、なかなかそういう心境になるのは難しいのかと。
悟りを開いちゃってますよね。
でも、何かあったときに唱えてみるのは良いかも知れません。
rikky
2007/08/02 12:30
色々考えるのがメンドクサイというのも一種の悟りだと思います。
些細な事にくよくよ悩んだり、腹が立ったりするのが人間であります。
天災のみならず、人の噂とか陰口なんかの対処法としても応用してください>サンタママさん

山の村は雷が横に走るといいますからね。
熊やイノシシばかりでなく雷も注意なんですね>レセママさん
エイジ
2007/08/03 18:05
人の世というのは天災ばかりでなく、病気や事故、人間関係、仕事、家庭問題など「心配事」が多いですよね。
案外、「恐怖」に対する良寛の姿勢はじつは特効薬ではないか?
つまり、運命さえも変える力があるかも知れませんね>rikkyさん
エイジ
2007/08/03 18:09
災難に逢いました。下準備からいろいろやってきて
滞りなく進めようとしてきた事が、いろんな外的要因で
オジャンに。

この言葉を読みました。口でもぼそぼそ唱えて
みました。状況は何一つ変わらず相変わらず
逆境ですが、ちょっと考え方かわりました。

こりゃ、じたばたしても仕方ないな、と。
なるようになるわ、と。
どーまる
2007/08/07 13:25
おお それはタイムリーな記事でした?

若輩の私がいうのもなんですが、
どーまる様の試練は、どーまる様が神に選ばれたる試練ではないでしょうか?
広池千九郎という学者の言葉で「初め困難、最後は必勝」であります。>どーまる様
エイジ
2007/08/07 19:01

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